人事・労務なんでもQ&A
労働基準監督署に通報されると企業はどうなるのでしょうか?
Q. 労働基準監督署に通報されると企業はどうなるのでしょうか?
従業員50人ほどの製造業で、労務管理を担当する者です。知り合いの同業他社が、従業員によって労働基準監督署に通報されてしまったそうです。通報されると会社はどうなってしまうのでしょうか。通報された後の流れや会社がとるべき対応、下される処分について知りたいです。また、通報されないために日頃からできる対策も併せて教えてください。
A. 労働関連法違反の可能性があると判断された場合、聴取や検査が行われます。法令違反の度合いによっては、是正勧告や送検に至る場合もあります。
労働基準監督署が労働者の通報(申告)を受け、労働関連法違反の可能性があると判断した場合には、労働条件や環境の確認、事業場や帳簿の検査が行われます。立ち入りや調査を拒否・妨害した場合、30万円以下の罰金が科せられます。確認の結果、法令違反などが認められた場合には労働基準監督署による指導が行われ、さらに悪質であると判断された場合には送検や企業名を公表されることもあります。日頃から賃金や労働時間、安全について基準を満たし、相談しやすい職場環境を整えることが大切です。
企業側の罰則・行政処分
労働基準監督署に通報されたからといってすぐに何らかの処分が科せられるわけではありません。一般的に、通報(申告)を受け、労働関連法違反の可能性があると判断した場合に調査が行われます。この調査に対し真摯に応じない場合、労働基準法第120条により30万円以下の罰金が科される可能性があります。一例として、以下のような行為が処罰の対象に該当します。
- 調査の拒否・妨害・忌避
- 尋問に対する陳述の拒否・虚偽の陳述
- 書類提出の拒否・虚偽の書類の提出
- 報告を怠る・虚偽の報告
- 出頭要請に応じない
調査に応じたとしても、勧告に従わず法令違反を解消しない、あるいは悪質な対応をした場合、司法処分として送検される可能性もあります。労働基準監督官は、刑事訴訟法102条により司法警察権限を行使し強制捜査や送検を行うことができ、実際に令和2年には約900件が送検されています。
悪質な場合には、「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として厚生労働省により企業の実名と違反内容が公開されています。社会的信用を失うおそれがあるため、真摯に対応しましょう。
労働基準監督署が通報を受けてから行うこと
従業員や元従業員などから「残業代未払い」や「違法な長時間労働」、「不当解雇」といった通報があった際に行われる臨検監督(立ち入り調査)を「申告監督」といいます。あらかじめ準備すべき書類や指定出席者がある場合には予告されることもありますが、書類の改ざんや破棄、口裏合わせのリスクが生じるため、予告されずに抜き打ちで調査されることも多くあります。
監督指導の一般的な流れを図示したものです。大きく「調査」「指導」に分けることができます。
■調査
実際に立ち入り調査を行い、事情聴取や帳簿の確認、労働条件の確認などを行います。特に近年の改正項目である時間外労働の上限規制や年次有給休暇の取得義務化は確認が強化されていると考えられます。
立ち入り調査(一例)
確認資料 |
組織図、労働者名簿、賃金台帳、就業規則、タイムカード、 時間外・休日労働に関する書類、日報、シフト表、 労働条件通知書、36協定届、特別な定めをしている場合の労使協定、 健康診断の実施結果、安全委員会・衛生委員会に関する資料 |
確認項目 |
・36協定の作成、届け出を行っているか否か ・労働条件通知書を交付しているか否か ・タイムカードの打刻と入退室、PC使用記録に齟齬がないか ・時間外労働に対する割増賃金は妥当か否か ・実働時間と賃金計算時間数に齟齬がないか ・週1日の休日が確保されているか |
■指導
立ち入り検査の結果、法律違反などの事実が認められ、指導が必要と認められた場合、その重大性に応じて是正勧告書もしくは指導票、使用停止命令書が交付されます。企業はこれら交付書類に基づき、改善期日までに当該指摘内容を改善し、報告書を提出しなければなりません。
報告書の受理によって指導が終了する場合もあれば、報告書に基づき再監督が行われる場合もあります。再監督の結果、是正が認められれば指導は終了です。是正勧告自体に法的強制力はありませんが、繰り返し指摘に応じない場合や悪質と判断された場合には、企業名の公表や書類送検をされることになります。
日ごろからできる対応策5選
通報されないためには、法令違反が起きやすい労務管理リスクを把握し、法令に沿った運用が行われているか点検しておきましょう。「令和2年 労働基準監督年報」によると、最も多い申告事項は賃金不払いで、全体の66.8%に上ります。賃金関係を含め、日ごろから取り組むべき対応策を5つ紹介します。
①労働者に労働条件通知書・雇用契約書を交付する
労働基準法第15条により、雇用主は労働者に対して労働条件を書面で明示することが義務付けられています。この明示で用いられるのが労働条件通知書であり、雇用契約の期間や賃金など、労働条件に関する内容を記載します。
一方、雇用主と労働者が労働条件に合意したことを証明する書類が雇用契約書です。雇用契約書の発行は法律上必須ではありませんが、万が一事故やトラブルが発生した場合に、労働条件に関して合意していることを証拠として残すためにも、契約書は作成しておくべきです。
②残業や休日出勤が発生する場合、必ず36協定を締結し、労基署に提出する
1日8時間、週に40時間を超える勤務や、休日出勤を命じる場合には、36協定の締結が必須です。ただし36協定を締結した場合でも「月45時間・年360時間」が上限です。さらに臨時の特別な理由によって残業を行う場合は36協定に特別条項の別紙をつけて合意する必要があります。特別条項をつけた場合でも「時間外労働が年720時間以内、時間外労働と休⽇労働の合計が⽉100時間未満、直近6か月平均80時間以内、時間外労働が⽉45時間を超えることができるのは、年6か⽉が限度となります。こうした上限を超えて労働させた場合には「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科せられます。
36協定は高い確率で監督時にチェックされます。有効期間は原則1年のため、毎年忘れずに締結と届出を行ないましょう。
③客観的な出退勤記録を残し、サービス残業が発生しない仕組みを導入する
賃金不払いや長時間労働の申告があった場合にまず調査されるのは、タイムカードや勤怠システムによる記録であるかどうかです。基本的に自筆で始業終業時間を記録する方法は勤怠記録として認められにくくなります。さらに、労働時間が実際よりも短く記録されているという申告があった場合などは、客観的な出退勤記録をさらに細かく照合される場合もあります。客観的な出退勤記録とは、PCのログイン・ログアウト記録や入退室記録などです。賃金不払い残業が行われていないか、不適切な労働時間管理が行われていないかといった観点で検証が行われる場合があります。
意図的にサービス残業を強いていなかったとしても、打刻をした後に従業員が隠れて残業するケースなどもあります。こうした事態を避けるには、勤怠管理クラウドサービスの導入が有効です。顔認証や位置情報の取得、打刻モレの確認機能などの機能を掛け合わせれば、客観的な出退勤の記録が可能です。
⑤労働者名簿、出勤簿、賃金台帳、年次有給休暇管理簿を適切に管理する
企業は、労働基準法によって「労働者名簿」「賃金台帳」「出勤簿」「年次有給休暇取得管理簿」を法定帳簿として整備し、保存することが義務付けられています。それぞれの帳簿と指導されやすいポイントは以下のとおりです。
帳簿の種類 |
上段:記載項目/下段:よくある指導事項 |
労働者名簿 |
氏名、生年月日、履歴、性別、住所、従事する業務、雇入年月日、退職年月日など |
□退職者の名簿に退職年月日や退職事由の未記載 □名簿に本籍が記載されたまま(平成9年の法改正で必須項目から削除)
|
|
賃金台帳 |
氏名、性別、賃金計算期間、労働日数、労働時間数(深夜・休日・残業時間を含む)、基本給及び手当額、賃金控除額など |
□労働時間数、残業時間数、深夜労働時間数などの未記載 □賃金計算期間(○月分、○月○日~○日など)の未記載
|
|
出勤簿 |
氏名、出勤日、出勤日ごとの始業・終業時間、休憩時間、残業時間など |
□押印など出退勤の確認のみで、始業・終業時間が未記録 □休憩時間の未記載
|
|
年次有給休暇取得管理簿 |
労働者ごとの取得日、付与日、日数 |
□作成義務を知らないため未作成 □年次有給休暇の付与日と付与日数の未記載
|
保存期間は、いずれも3年間です。未作成や書類の不備はもちろんのこと、保存期間内に破棄してしまった場合にも保存義務違反として指導を受ける可能性があるため気をつけましょう。
⑥健康診断を毎年実施する
従業員の健康診断の受診は、労働安全衛生法第66条1項によって企業に義務付けられています。同法120条では、これらの義務を怠った場合には50万円以下の罰金に処するともされています。
対象者は雇用形態によって異なります。
正社員 |
常時使用されるため正社員は全員対象 |
契約社員 パート・アルバイト |
1週間の所定労働時間が通常の労働者の4分の3以上で、1年以上継続して雇用される予定の者 |
派遣社員 |
派遣元企業で実施 |
また、常時50人以上の労働者を使用する事業者は、「定期健康診断結果報告書」を所轄労働基準監督署長に報告する必要があります。こちらも監督時の調査・指導対象になりやすいため、該当する場合には忘れずに対応しましょう。
まとめ
通報の結果、法令違反が疑われる場合には立ち入り調査、指導が行われます。指導内容を真摯に受け止め、是正を図ることで指導終了となりますが、指導に従わない場合や悪質な場合には、企業名を公表され送検されることもあります。
労基署からの指摘を避けるために、通報があってから正しい状態に修正することは時間的にも厳しく、日々の適切な労務管理の積み重ねが大切です。一方で、規則や制度ばかりに焦点を当ててしまうと、打刻後の残業や仕事の持ち帰りを助長しかねません。労働災害の実例、長時間労働のリスクなどを従業員と共有し、労務管理を行う目的について相互で理解し合うことも解決の第一歩として効果的です。
労働基準監督署の調査では、労働時間に関する調査は特に厳格に行われます。タイムカード等の打刻記録と入退室記録等にかい離があるかどうかが細かくチェックされる場合もあります。複数ある帳簿の整合性を図り、かい離を防ぐ仕組みづくりとして、勤怠管理システムを導入してみるのもおすすめです。出退勤の打刻に加えて、顔認証や位置情報の取得、打刻モレの確認機能を掛け合わせれば、サービス残業や賃金不払いといったトラブルを回避しやすくなります。自社にあったソフトの導入を検討してみませんか。
関連記事
- >働き方改革で起きやすい、労基署からの指摘ポイント!
- >労務担当者なら知っておきたい、労務リスクの種類と回避方法を解説
- >退職した元従業員に未払い残業代を請求されました。残業代を支払う必要はあるのでしょうか?
- >“残業”関連記事一覧はこちら