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弁護士が解説退職した元従業員に未払い残業代を請求されました。残業代を支払う必要はあるのでしょうか?
Q.退職した元従業員に未払い残業代を請求されました。未払い残業代を支払う必要はあるのでしょうか?
従業員数50人ほどの企業で人事をしています。1年前に退職した元従業員から「在職時に上司からサービス残業を強制されていた。未払い残業代を請求したい」と連絡があり、対応に困っています。タイムカード上では定時で退勤した記録がありますが、従業員側は「自分の手帳の記録や退勤前に家族に送ったメールから実際の退勤記録が分かるので、定時後もサービス残業があったと証明できる」と話しています。この場合、未払い残業代を払わなければならないのでしょうか。
A.従業員側に残業があったことを示す有効な証拠があれば退職後でも未払い残業代を支払う必要があります。
従業員には退職後でも残業代を請求する権利があります。従来、残業代請求の時効は2年でしたが、2020年4月に施行された改正民法を受け、2020年4月1日以降は3年にさかのぼって従業員が残業代を請求できるようになりました。よって、今回のケースは請求可能な期間内になります
従業員が企業にサービス残業を強いられていたことを示す証拠を残しており、企業側に従業員の主張に対する有効な反論材料がなければ未払い残業代を支払わなければいけません。このケースでは、企業が残しているタイムカードの記録よりも、手帳の出退勤記録のメモや退勤前に家族に送ったメールが残業の記録として有効な焦点になります。このほかにも、LINEの履歴や最寄り駅の改札入履歴がサービス残業の有効な証拠として認められる場合もあります。
ただし、社用PCのログ記録やオフィスビルの入退室記録など、元従業員の残した記録よりも客観性が高く、勤務実績を正確に把握できる勤怠記録を企業側で残していた場合、訴訟に発展した際でも「サービス残業の実態はなかった」と証明でき、請求を退けられる可能性が高いです。
1.未払い残業代を請求されるケース
サービス残業があった場合以外にも、従業員から未払い残業代の請求に発展した事例が過去複数あります。厚生労働省が発表している「監督指導による賃金不払残業の是正結果」によると、2020年に100万円以上の割増賃金を支払った企業数は1,611企業で、その内1,000万円以上の高額な割増賃金を支払った企業数は161企業にも上ります。訴訟に発展する前に未払い残業代の請求につながりやすいケースを把握しておきましょう。
ケース1:経営上の権限のない従業員を「名ばかり管理職」にして残業代の支払いを請求される
管理監督者には労働基準法上、残業代にあたる時間外労働や休日労働で発生する割増賃金を支払う必要はありません。ただし、実際には経営上の判断に関わる権限のない従業員を「管理監督者」として扱い残業代を支払っていない場合、未払い残業代の請求をされる可能性があります。
ケース2:みなし労働時間制を理由にして残業代を支払っていないことを指摘される
裁量労働制や事業外みなし労働時間制などあらかじめ規定した時間分を働いたとみなす「みなし労働時間制」でも、みなし時間が法定労働時間を超える場合や、深夜労働や休日労働をした場合に割増賃金が発生します。「みなし労働時間制」を理由にこれに当たる割増賃金を支払っていない場合は、法律違反となり未払い残業代を請求される可能性があります。
また、実際は裁量のない業務に従事していた従業員を裁量労働制で働かせていたと発覚し、裁量労働制の違法適用にあたるとして残業代の支払いが命じられたケースもあります。
ケース3:深夜労働分の手当てが支払われていなかったことを指摘される
給与に深夜労働の割増賃金を計上していなかったことを従業員に指摘される、または深夜労働、時間外労働の割増賃金を支払わなくて良いという規定を企業側が作っていた場合は法律違反に該当し、未払い残業代を支払う必要があります。
参考記事:用語集「割増賃金」
2.退職後に未払い残業代を請求される場合のリスク
従業員は、在職中・退職後問わず、未払い残業代の請求をすることができます。企業側がさらに注意すべきは、従業員の退職後に未払い残業代訴訟に発展した場合、在職中よりも請求額が高額になる傾向がある点です。
未払い残業代は民法上の債務不履行にあたり、発生した残業代に遅延損害金を付けて支払う必要があります。遅延損害金は通常は年6%ですが、「賃金の支払の確保等に関する法律」の第6条により退職後は年14.6%になると定められています。そのため、退職後は在職中よりも最終的な残業代の請求額が増額されます。
また、従業員の退職後に未払い残業代訴訟に発展し企業側が敗訴した場合、未払いの残業代と同額の金額を「付加金」として元従業員に支払うことを裁判所が認容するケースがあり、支払額が上乗せされる可能性があります。
企業側が敗訴すると一般的に高額な請求がされるケースが多く、特に管理職だった元従業員からの未払い残業代請求が訴訟に発展した場合、これまで支払っていなかった時間外労働や深夜労働での残業代の総額が請求されるため、請求額が高額になりやすいです。
3.未払い残業代を請求されないための対策
未払い残業代を請求されるリスクを回避するためには、みなし労働時間制が適切に運用されているか、管理職の残業代支払いは適法か点検した上で、従業員の勤務実態を把握できる客観的な労働時間管理の仕組みを導入する必要があります。
客観的な労働時間管理をする仕組みとして以下の対策が考えられます。
- サービス残業を防止するPCのログ管理システムを導入する
- 実際に働いた実労働時間と、オフィスやビルの入退室記録を合わせて「乖離時間」を検証できるシステムを導入する
- 現時点で従業員がどのくらい残業しているのかひと目で分かるシステムを導入する
- 従業員が自己判断で残業をしないよう、残業命令の明確化と残業の申請制を採用する
まとめ
退職後の従業員が未払い残業代を請求するケースは少なくありません。従業員側に正当な残業代が支払われなかった証拠があり、なおかつ残業代の発生時から3年以内であれば従業員の訴えに従う義務があります。また、従業員の退職後に残業代の請求訴訟が起きた場合、在職中に対応するよりも企業にとってはリスクが大きくなります。従業員側の請求権が3年間に延長されたいま、自社の給与規定を今一度点検し、企業内での残業に関係する法律違反リスクを減らすため、客観的な労働時間管理の仕組みを積極的に導入する必要があるでしょう。
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