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給与の過払い分の返還を拒否されてしまいました。返還請求の方法を教えてください!
Q. 給与の過払い分の返還を拒否されてしまいました。返還請求の方法を教えてください!
従業員200人ほどの製造業の企業で、給与計算を担当している労務の者です。子どもが独立して扶養から外れていた従業員に、引き続き子供の分の家族手当を2年にわたって支給してしまっていました。1か月5,000円の手当の24か月分となるので、合計12万円です。対象従業員に返還を求めましたが、過払い分を使い込んでしまったそうで、返還には応じられないと言われてしまいました。この場合の、従業員への返還依頼の方法を教えてください。
A. まずは会社側が給与計算を誤ったお詫びをして、従業員に返還の義務があることを伝えましょう。
まずは会社側が給与計算を誤ったお詫びをしたうえで、従業員には過払い分を返還する義務がある旨を伝えましょう。民法第703条により、会社側には不当利得返還請求権があるため、過払い分の返還請求が可能です。その際、返還しやすい方法を従業員と相談して、生活をおびやかさないよう、本人の支払いやすい方法にすることが大切です。なお、労働基準法第24条によって、「賃金の全額支払い」の定めがあることから、原則的に給与から天引きをする相殺の方法は認められていません。また、給与の過払いに対する返還請求の時効は、原則として支払い時から10年ですが、発覚してからできるだけ早く手続きを行うことが重要です。
給与の過払いの返還要請に応じない場合
従業員が給与の過払いに対する返還請求に応じない場合、会社側は不当利得返還請求権を行使して支払いを求めることが可能です。給与の過払い分は従業員にとって、本来なら得られないはずの利益を不当に得たとする「不当利得」に該当します。そのため、会社側の過失であっても、民法第703条「不当利得の返還義務」に基づき、従業員は過払い分を会社に返還しなければなりません。
いずれにしても会社側に債権があるため、従業員の同意を得たうえで返還してもらうこととなります。なお、対象従業員が過払いの事実を知っていたかどうかで、請求の範囲や消滅時効が異なるため注意してください。
民法第703条(不当利得の返還義務)
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
一方、給与の支給額のミスについては会社側の過失であるため、従業員から強引に取り立てることは得策ではありません。そのため、本人と話し合いの場を設け、まずは謝罪したうえで支払いやすい方法を相談することが大切です。
なお、従業員から返還の合意を得られた際には、合意書を作成しておくとトラブル防止に役立つでしょう。
また、返還依頼を文書で通知する際は、以下の文面を参考にしてください。
【返還請求のお詫びの文例】
このたびは、●●様の給与口座に振り込みをした給与額に、誤りがありましたことを御詫び申し上げます。
本来は、●●円をお振り込みするべきところを、会社側の給与計算に間違いがあり、●●円を振り込んでしまいました。
(●年●月●日から、●年●月●日まで、家族手当の5,000円を余分に振り込んでしまいました。)
会社側の間違いにて、誠に申し訳ございませんが、ご返金をお願いいたしたくお知らせ申し上げます。
大変お手数をおかけいたしまして恐縮ですが、ご理解のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
今回の事例のように過払い分が比較的高額であれば、従業員に負担が生じると想定されます。円滑に返還されるよう、分割払いなど支払いやすい方法を提案し、本人と話し合いましょう。
それでも従業員が返還に応じない場合は、やむを得ない手段で返還請求をすることとなります。具体的には、内容証明郵便の送付により返済を督促したり、不当利得返還請求を提訴したりする方法が挙げられます。
なお、返還請求権を行使しなかった場合には、時効により権利が消滅するため注意が必要です。
そのため、支給の誤りが発覚した時点で速やかに返還手続きを行ってください。
過払い分を従業員が使い込んでしまったら?
前述のように、従業員がすでに給与の過払い分を使ってしまっていた場合、以下の2ケースで対応が変わります。
- 故意ではない場合
- 故意の場合(悪意の場合)
以下で、それぞれの場合の対応方法を解説します。
故意ではない場合
従業員が給与明細を確認しておらず、過払いと気付かずに使ってしまっていた場合には、過払い分である12万円のみ返還請求が可能です。前述のように従業員は、本来は得られない利益を得ているため、会社側の過失であっても請求ができます。ただし、請求対象は従業員の元に残存している金額となります。
一方、従業員が過払いを認識しながら、会社に申告せず使い込んでいた場合(悪意の場合)には、利息を上乗せして全額返還請求が可能です。民法第704条および第404条2項では、悪意の受益者に対し、「年3%の利息をプラスして返還しなければならない」と規定しています。
さらにこの場合は、従業員の手元にある金額に関わらず、過払い分にプラスして利息も返還する義務が発生します。なお、会社側が故意に過払いの発生原因を作っていた場合、給与担当者に損害賠償請求がされるケースもあります。
いずれにしても、給与の過払いが発生した場合には、早急な調査・対応を徹底しましょう。
【民法第704条】(悪意の受益者の返還義務等)
悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。
【民法第404条】(法定利率)
2(利息を生ずべき債権について)法定利率は、年三パーセントとする。
給与の過払い分の回収方法
過払い分の給与を回収する方法には、以下の2つがあります。
- 現金で支払いを受ける
- 給与や賞与・年末調整などから差し引きする
まずは正しい給与明細を作成し直し、過払い分との差額を明確にします。そのうえで従業員に通知し、現金での返還を打診しましょう。現金支払いが困難な場合には、賃金から差し引く方法を採用します。
ただし、前述のように、労働基準法第24条「賃金の全額支払い」の定めにより、過払い分を給与から差し引くことは認められていないことが原則です。
労働基準法第24条(賃金の支払)
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合や、労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
原則的には給与からの控除が認められていないものの、例外として、差し引くことが可能となる2つのケースをご紹介します。
労使協定がある場合
労働基準法第24条後半のとおり、労働者の過半数を代表する者・労働組合との間で、「過払い分は賃金から控除できる」といった労使協定が締結されている場合には、給与からの差し引きが可能です。
従業員の生活をおびやかさない範囲の返還金額の場合
過去の判例で、従業員の生活が維持できる範囲の返還金額であった場合や、従業員に相殺を予告したことで、給与・賞与といった賃金から差し引くことを許容したケースもあります。「福島県教組事件」の判例では、以下の4点を満たしているとして、例外的に給与から控除が認められました。
・過払い発生時期と、返還を求めた時期が近い
・過払い分を給与支払いから差し引くことを、あらかじめ従業員に予告した
・過払い金額が多額でない
・従業員の経済生活の安定をおびやかすおそれがない
過払い分が多額である場合は、従業員に負担のないよう分割し、複数月の給与から差し引くケースもあります。
上記をふまえ、今後に同様の過払いが発生した場合に備える対策としては、過払い分を給与から控除することについて、労使協定に記載しておくことが有効です。記載例は、「過払い分を給与から控除し清算できる」といった文言の補足が挙げられます。
ただし、原則として従業員の生活を守る観点から、給与からの控除は不可であり、あくまでも例外措置であるという点に留意しておきましょう。
給与計算ミスをしないために
給与計算のミスを防止するためには、従業員の勤怠や家族構成、異動・転居といった情報を、正確に給与に反映することが重要です。
給与計算のミスにより、過払いが発生してしまうと、さまざまな対応の手間が必要となるため、時間的コスト・人的コストが大きくなってしまいます。また、過払いの金額が大きくなると、給与支払いの際の、社会保険料や所得税、住民税などの控除額計算にも影響するため十分な注意が必要です。
給与計算を誤ることによるリスクを回避するためには、正確な計算を行えるシステムの導入も効果的です。従業員情報と給与計算を連動させられるシステムであれば、給与計算の効率化と誤支給の防止を実現できるでしょう。
まとめ
給与の過払いが発生した場合の対応や回収方法などについて解説しました。
給与の過払いは会社側のミスであるものの、従業員にとっては労働などの対価でなく、不当に得た利益である「不当利得」となるため、返還の義務が生じます。
しかし、過払いによる返還額が高額の場合、従業員の経済生活をおびやかす恐れがあり、返還が困難になったり、支払いに時間がかかってしまったりする可能性があります。
また、給与の過払い分について、従業員が過払いを認識していない状態で使ってしまった場合と、認識しながら故意に使い込んだ場合とでは返還請求の対応が変わるため注意が必要です。
過払い分の回収については、給与から差し引く方法は労働基準法の定めにより、原則として違法です。
ただし、あらかじめ労使協定で過払い対応について規定されている場合や、過去の判例に照らして認められる範囲の場合に限り、給与からの控除が認められます。まずは過払いの事実について従業員に謝罪し、十分な説明と、正しい金額の提示を行いましょう。その上で、過払いの状況と認識を従業員と共有し、返還方法を相談しましょう。
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