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人的資本経営とは? 基礎知識から企業が取り組むべき施策まで徹底解説

公開日時:2022.11.28 / 更新日時:2023.01.24

多様化する個人の価値観や企業を取り巻く環境の変化に伴い、人材を「資源」ではなく「資本」とする経営手法が注目を集めています。無形資産である人材の最適な活用は、継続的な企業発展に繋がる重要な施策です。
また、投資家からの開示要請や人的資本経営情報の一部を有価証券報告書に記載することを義務付ける方針が発表されるなど、対応が急務となっています。 しかし、従来の人材戦略から大きな変革が必要なため、重要視しているものの推進が停滞している企業も多いのではないでしょうか。
本記事では、人的資本経営を行うための概要やポイント、取り組むべき具体的なアクションなどを詳細に解説します。

人的資本経営とは

人的資本経営とは、従来の従業員を「経営資源」とみなす考え方とは反対の経営のあり方です。まずは、人的資本経営の定義や従来の経営との違いについて解説します。

人材を資本として捉える経営

経済産業省は『人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方』と定義しています。ここでいう資本とは、投資によって付加価値を生み出すことが可能なものを指します。

実際に投資家などのステークホルダーは、企業の将来性を評価・判断する指標として人的資本に注目し、人材育成への取り組みや管理職登用などの情報開示を強く求めています。また、政府は2023年度から一部企業に対し、有価証券報告書への人的資本情報記載の義務化を方針付けたため、対象企業は事前準備が必要です。対象企業と事前準備については4章内の「人的資本経営の情報開示」で説明しています。

従来の経営と人的資本経営の違い

さまざまな違いがある中で、代表的な違いは人材に対する「資源」か「資本」という捉え方です。従来の経営では人材を資源として扱い、育成や管理はコストだとする考え方が主流でした。しかし、人的資本経営では人材を資本とし、人材の活用・成長にかかる費用や時間の負担は企業存続のための戦略的投資であると捉えています。

以下の図表は従来の経営と人的資本経営をさまざまな観点から比較した図です。左側が従来の経営、右側が人的資本経営の内容を示しており、2つの経営手法は大きく異なることがわかります。

人材版伊藤レポートとは、2020年9月に経済産業省が公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書を指します。同研究会は2019年に組成後検討会を重ね、多様化する個人を活用し、企業価値を向上させるために必要な人的資本経営の在り方や重要な要素などを提言しています。2022年5月には、2020年発表のレポートを改訂した「人材版伊藤レポート2.0」が、座長である伊藤邦雄氏によって取りまとめられ、公表されました。

人的資本経営が求められる背景

人材を経営資源として捉えるのではなく、人的資本経営が求められるようになった背景は、大きく分けて2つあります。

  1. 投資家のESG経営への注目
  2. 人材・働き方の多様化

投資家のESG経営への注目

持続可能な社会実現に向けての取り組みとして、ESG*経営に対する関心が高まったことで、ESG経営と関わりがある人的資本経営が注目されています。ESG経営はEnvironment(環境)やSocial(社会)への取り組み、Governance(ガバナンス)を通じて企業の持続的な成長を目指す経営です。

人的資本経営における人材を資本とする考え方は、ESG経営におけるSocial(社会)、Governance(ガバナンス)と同様に無形資産と言われています。投資家は人的資本をはじめ無形資産に対し高い関心を持っており、人材への投資状況が企業成長性の判断ポイントとなるため、ESG経営並びに人的資本経営を実施する企業が増加しています。投資家から人的資本に対する投資状況の開示要請が想定されるため、積極的に取り組みを行う必要があります。

*ESGとは?

「Environment (環境)、Social (社会)、Governance (ガバナンス)」 の頭文字から作られた略語であり、企業の長期的成長のために必要な観点です。

人材・働き方の多様化

企業の労働人材構造の変化や働き方の多様化も、人的資本経営が注目されている要因です。外国人従業員や非正規雇用・共働き家庭の増加、人生100年時代を迎えシニア世代の再雇用など、ここ近年で人材構造が大きく変化し、リモートワークなどDX普及も重なり、働き方の多様性も一層求められるようになりました。

企業が持続的に繁栄するには、多様な人材のライフスタイルに合わせた労働環境、それぞれの価値を最大限発揮し活躍してもらえる環境・仕組みが重要となります。これを実現する上で有効である考え方が、「人材を資本」とする人的資本経営です。

人材版伊藤レポートから見る人的資本経営のポイント

人的資本経営を現場で実践するためのポイントは経済産業省による資料「人材版伊藤レポート2.0」に「3P・5Fモデル」としてまとめられています。

その中で、人的資本経営の実施にあたり重要視すべきは、個人の能力や経験といった価値を最大限引き出すことであり、経営戦略と合わせて具体的な人材戦略を検討し、連動した施策の必要性を提示しています。

同レポートでは、人材戦略に着目し、「3P・5Fモデル」という概念を掲げており、人材戦略に求められる「3つの視点」と「5つの共通要素」としてまとめています。ここから、「3P・5Fモデル」についての解説と、それを用いてどのように人材戦略を行えばよいかを解説します。

人材戦略においてどの企業にも必要な3つの視点

まず3Pに該当する、「3つの視点」には以下の要素が挙げられています。

  1. 経営戦略と人材戦略の連動
  2. As is-To beギャップの定量把握
  3. 企業文化への定着

人材戦略は企業によって施策が異なりますが、人材版伊藤レポートでは人材戦略を達成するために、どの企業にも共通する必要な視点が述べられています。ここから具体的に解説します。

1.経営戦略と人材戦略の連動
長期的な事業計画に基づき、経営戦略と連動した人材戦略の立案が重要となります。
企業ごとにビジネスモデルや経営戦略が異なるため、それぞれの目標を達成するために必要な人材を検討し、能力を活用・獲得させる戦略が不可欠です。

連動させるにあたっては、社内の経営課題を洗い出し明確化した上で人材戦略を策定すると良いでしょう。

2.As is-To beギャップの定量把握

自社の理想とするビジネスモデルや経営戦略を定め、現状の人材や人材戦略とのギャップを把握し、解消していく必要があります。
現状持っているスキルと目標とのギャップを定量的に把握することで、どのような課題を解決すればよいか判断が可能です。

ビジネスモデルや経営戦略と人材戦略のギャップを埋めるためには、まず従業員の能力や経験、配属などをデータ化した上で常に情報収集し、把握することが必要です。

3.企業文化への定着

人材戦略を実行するためには、企業文化への定着が必要であり、それは経営トップが戦略を掲げるだけでなく、従業員一人ひとりに考え方や具体的行動を意識付けることが重要となります。
企業文化は時間をかけて徐々に形成されるため、地道な取り組みの継続が大切です。

具体的なアクションとしては企業理念や経営目標を明確に掲げたり、従業員と管理職や経営トップが直接対話するなど、コミュニケーションを密に取ったりするといった方法があります。

人材戦略を遂行するにあたって、視点の1で挙げたように、まずは企業の長期的な経営戦略を確定し、必要な人材を検討しましょう。
また、取り組みは経営層や管理職だけが実行しても無意味であり、密なコミュニケーションによって従業員一人ひとりの理解を促し企業文化へと育てることも重要な課題となります。

人材戦略実行においてどの企業にも共通する5つの要素

次に、5Fに該当する「5つの共通要素」は以下のとおりです。

  1. 動的な人材ポートフォリオ
  2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
  3. リスキリング・学び直し
  4. 従業員エンゲージメント
  5. 時間や場所にとらわれない働き方

先述した3つの視点と同様に、どんな経営戦略を掲げる企業にも共通する内容が提言されています。
ここから5Fの内容と企業内での実施方法を解説します。

1.動的な人材ポートフォリオ
経営戦略の実現や、新規ビジネスモデルへの対応に必要な人材を質・量ともに充足させ最適化するために、常時更新される人材ポートフォリオの作成が必要です。人材ポートフォリオとは、企業の経営戦略に基づきどのような人材が在籍し、配置されているかを示すものです。

現状の人材ポートフォリオを把握しつつ、今後の経営計画やビジネスモデルに必要な人材を質と量の両面から適切に獲得・育成し、配置することが求められます。

2.知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
知・経験のダイバーシティ&インクルージョンは、さまざまな価値観や経験・考え方を受け入れることで、新たなイノベーション創出が可能となる重要な要素です。多様な個性や経験、価値観などを積極的に認め、企業運営に生かすという考え方を指し、人的資本経営実現のための人材戦略を実行する上でも必要な動きです。

女性や外国人といった表面的な属性や、他業界で積んだ経験といったキャリアパス、専門分野の多様性などを企業内に取り込み、相乗効果を生み出す環境を醸成することで、結果的に人的資本経営の実現につながります。

3.リスキリング・学び直し
急速に変化する事業を取り巻く状況や価値観の多様化に対応するためには従業員一人ひとりの能力向上が求められ、その中で必要な能力をリスキリングすることも重要です。リスキリング・学び直しとは、企業が必要とする能力やスキルを従業員に習得させることを言います。個々人のスキルや生産性向上、新しい価値創出を目的とした、人的資本経営に必要な施策です。

4.従業員エンゲージメント
従業員エンゲージメントは、従業員がやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務を行ってもらうために重要な要素です。企業に対して持つ愛着や貢献意欲のことを指し、エンゲージメントを高めるためには職場環境を創り上げることが大切です。

前提として、従業員エンゲージメントを高めるためには、企業と個人が対等な関係を築き、双方の目標達成と成長の方向性を一致させる必要があります。具体的には、企業理念や経営戦略、ビジネスモデルを社内報などで発信し、従業員に把握を促すことが有効です。同時にコミュニケーションを通じて従業員に対する理解を図り、企業と個人間で情報の非対称性を埋めましょう。企業の目標を知ることで、個人が企業の目標に自身の成長を重ね、能動的に取り組むことが見込まれます。

5.時間や場所にとらわれない働き方
時間や場所を問わず、安全かつ安心して勤務できる環境整備は、事業継続や従業員の精神的健康を促し、人材戦略を適切に実行するために取り組むべき重要なポイントです。

具体的な取り組みとしては、リモートワークや時短勤務などを行うことが挙げられます。ただし、注意点として、同じ時間や空間で勤務しない人を管理するため、マネージャー層のリーダーシップ、マネジメントスキルが求められます。また、コミュニケーション方法やリモートワークだけで完結する業務プロセスの確立なども必要です。

人材資本経営には、従業員の働きがいや企業への愛着を深めることも必要です。企業側の都合を一方的に周知するのではなく、従業員の個性や状況を把握し、労働環境を整備することも大切なポイントとなります。

人的資本経営において企業に求められる対応

人的資本経営に対して求められる企業行動は大きく分けて次の2つが挙げられます。

  1. 人的資本経営のための環境整備
  2. 人的資本経営の情報開示

ここから、それぞれについて具体的にどのような企業行動が求められているのかを解説します。

人的資本経営のための環境整備

人的資本経営を行うには、従業員が持つ個別ニーズへの対応や、魅力的な経験・機会の提供可能な労働環境を整備することが急務となっています。整備にあたっては、事前に中長期的な企業戦略を立案します。その上で、現状の人材ポートフォリオ作成、必要なスキルのリスキリングなど、人材版伊藤レポート「3P・5Fモデル」を参考にすることで、人的資本経営に基づく人材戦略の立案、実施が可能になります。

人的資本経営の情報開示

金融庁は2023年度にも、人的資本に関する19項目として、従業員の採用・育成や労働環境など一部の情報について、有価証券報告書に記載を義務化する方針を示しています。ただし19項目の内、開示が必須とされる項目は一部に留まります。開示の義務化は上場企業と一部の大規模に有価証券の募集や売出しを行う非上場企業が対象です。

人的資本の開示にあたっては、2022年8月に内閣官房非財務情報可視化研究会が定めた「人的資本可視化指針」で、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4要素を基に行うことが効率的であると示されました。

企業は上記4つの要素を踏まえた上で、以下の流れで情報を積極的に開示することが求められています。

1.自社の経営戦略と人材戦略の関係性を明確化する
2.独自性と比較可能性のバランス確保や、価値向上とリスク管理の観点などを検討し整理する
3.自社の人材育成及び社内環境整備方針を定める
4.定量的に測定可能な指標やその目標、達成への進捗状況を開示する

人的資本の開示は投資家への理解を深めるだけではなく、自社が内包する課題解決や市場での立ち位置を明確化し、企業目標達成に向けて具体的に行動できるといったメリットがあります。

まとめ

今後企業経営の主流となる人的資本経営について、基礎知識から具体的な取り組み方法などを解説しました。

人的資本経営とは、人材を資源ではなく資本と捉え、個人が持つ能力やスキルなどの価値を最大限引き出し活用する経営方法です。長期的な企業運営のために重要な指標であるため、注目が高まっています。すでに政府は2023年を目処に有価証券報告書への義務化の方針を示しており、投資家の無形資産を重視する流れも加速しているため、企業として人的資本経営の取り組みは急務と言えます。

人的資本経営を進めるには、自社の現状把握から今後の企業戦略を立案し、連動した人材戦略を遂行しましょう。さらに、個人の多様な働き方を実現するためにも、労働環境を整備し適切な勤怠や人材管理を行うことが重要です。

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