人事・労務なんでもQ&A
新型コロナウイルス感染症拡大の影響で収入が減少した従業員から「副業を始めたい」との希望があがりました。どのようなことに留意すべきですか?
Q. 新型コロナウイルスの影響で業績が悪化し、収入が減少した従業員から「副業を始めたい」との希望があがりました。企業としても離職防止策として副業を許可する方針ですが、どのようなことに留意する必要があるか知りたいです。
300人未満の飲食業の企業で労務担当をしています。新型コロナウイルス感染拡大に伴う時短営業・休業要請によって業績が悪化し、その影響で従業員の収入が減少しました。従業員から副業の要望が上がっており、企業としても離職防止を目的に副業を許可する予定です。これまでは原則副業を禁止していたため、この機に制度を整備しようと思っています。具体的にどのような準備が必要か、また留意すべき事柄は何か知りたいです。
A. 本業への影響を考慮しつつ、従業員の希望を尊重して副業を認めることが求められます。副業解禁に際しては就業規則の改定や、従業員が届け出をするときに使用する申請書・誓約書などの準備が必要です。
裁判例から、労働時間以外の時間の利用法については従業員の自由であることが示されています。一方で、労務提供上の支障となる場合や企業秘密が漏洩する場合などは、企業が副業を制限することも可能です。ただし、現在の厚生労働省をはじめとする行政の政策方針や判例において、副業を企業が禁止できる場合というのは狭く解釈される傾向にあります。2019年以降に一連の法律や制度が徐々に施行されてきた働き方改革においても、「多様な働き方ができる社会を作る」ということが目指されており、副業もその選択肢として重要視されてきました。
企業で定めている就業規則でもし副業を禁止する条項がある場合は就業規則を改定することになります。しかしそれだけでは十分ではなく、従業員が「どのような業務が許可されるのか」を判断しやすいよう、具体的な業務例を別途広報したりし、判断しやすい基準を設けることが重要です。また、副業の届出に使用する申請書には、本業への影響などを確認できる項目を設定すると、判断がしやすくなるでしょう。
1. 副業の定義
法令上、副業は明確に定義された用語ではありませんが、一般的に「本業以外で収入を得る仕事」とされています。業種や職種によって仕事の内容や収入は異なり、形態も正社員、パート・アルバイト、役員、個人事業主(フリーランス)などさまざまです。
仕事の内容としては、例えば各種アルバイト、自作品のインターネット上での販売、ブログ記事のライティングの請負などが考えられます。裁判例では、従業員が本業以内の時間をどのように使うかは基本的に本人の自由であることが示されていますが、「副業の許可制」は違法ではありません。労務提供上の支障となる場合などについては副業を制限することが許されています(後述の「モデル就業規則」を参照)。一方、株式投資や不動産投資などは通常は副業とは見なされません。
「兼業」も副業と同様に明確な定義はなく、同じ意味で用いられることがほとんどです。
2. 副業解禁に際して企業が準備・検討・把握すべきこと
まずは副業を解禁する方針を検討しましょう。企業が副業を解禁するパターンとしては大きく下記の2つがあります。
①副業の内容等を詳細に確認せず一律に認める
②副業の内容等を届け出させ、企業側が許可した場合に認める
労働時間を除く時間の使い方は労働者の希望を尊重することが望ましいですが、自社の業務に支障をきたさないか、本業への影響を考慮することが重要です。労務提供上の支障、企業秘密の漏洩、長時間労働を招く可能性を確認する意味では、上述の②のパターンを検討すると良いでしょう。
ただし、副業を許可しないこと自体は可能ですが、過去に企業側が理由なく副業を許可しなかったことで従業員が訴訟を起こし、慰謝料の請求が認められた事案が発生しているため、許可基準を設ける必要はあります。また、従業員の副業に関する内容確認に際しては、必要以上の情報提供を求めない配慮も大切です。
就業規則を変更し、申請書・誓約書を準備する
これまで副業を禁止してきた企業については、就業規則を変更する必要があります。
厚生労働省が公開している「モデル就業規則 」では、副業・兼業に関する規定例として下記が示されていますが、あくまでモデルであるため、企業の実態に即した形にする必要があります。
副業・兼業に関するモデル就業規則
1 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより
次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。
①労務提供上の支障がある場合
②企業秘密が漏洩する場合
③会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④競業により、企業の利益を害する場合
また、就業規則以外の社内の広報や内部マニュアルなどで副業に該当する業務例を列挙しておくと、「どのような申請が許可されるのか」「そもそも届け出をすべきかどうか」について従業員が判断しやすくなります。
加えて、従業員が副業を届け出る場合に使用する副業申請書・誓約書を準備しましょう。法的に定められたフォーマットはありませんが、上記モデル就業規則内の①~④を確認すると共に「他の使用者の事業場の事業内容」「他の使用者の事業場で従事する業務内容」などの項目を含めましょう。
さらに、労働時間の通算ルール(※)の対象となる場合は、下記の内容も含めて申請してもらいます。
―他の使用者との労働契約の締結日、期間
―他の使用者の事業場での所定労働日、所定労働時間、始業・終業時刻
―他の使用者の事業場での所定外労働の有無、見込み時間数、最大時間数
―他の使用者の事業場における実労働時間等の報告の手段
―これらの事業について確認を行う頻度
残業代支払いの義務について
ここで問題となるのは、残業代を支払うのはどちらの会社か、ということについてのルールです。これについて、厚生労働省からガイドラインとして、原則となるルールと例外となるルールが提示されています。
原則となるルールは、「まず契約の前後関係で基本となる労働時間の合算部分に残業代が発生する場合は後順位の契約となる企業が(本業副業問わず)残業代を支払う。その上で、その基本となる労働時間を超えた部分については、1日の労働時間の発生順位によって後順位の企業が残業代を支払う」というものです。
例えば所定労働時間8時間の労働契約をA社と締結しており、後からB社が同じ日に所定労働時間5時間の労働契約を締結した場合、その5時間の労働については法定時間外労働となります。このとき法定労働時間内であるA社に支払い義務はなく、B社が割増賃金の支払いを行います。これが契約の前後関係による時間外労働の判断ということです。その上で、さらに残業が発生した場合は、その残業時間の発生の前後で残業代を支払うことになります。
このように、ルール通りに時間外労働を通算しようとすると労働時間の把握が必要になりますが、こうした労働時間の把握については、企業間で労働時間の情報のやり取りをする必要などはなく、労働者に毎月決まった時期の申告などを依頼し、その申告によるものとしてよいとされています。
なお、例外ルールとして、本業や副業でそれぞれ時間外労働が発生しそうな場合のカウントを複雑にしないために、それぞれの勤務場所での労働時間の法定労働時間の枠や総枠を定め、それぞれに法定労働時間を把握することができる方法も定められています。これは労働者を通じた2つの企業間での取り決めを行うことによるものとされています。こうした施策が必要な場合は、厚生労働省をはじめとするガイドラインをよく参照し、活用することが重要だと思われます。
個人事業主等の労働時間の扱い
なお、個人事業主(フリーランス)や委託契約・請負契約で労働している者については、そもそも労働者ではないため、労働時間という概念となりません。そのため、労働基準法の労働時間に関する規定は適用されません。
よって、本業企業で雇用され、副業では個人事業主として別の企業から業務の受託をしているような場合は、本業・副業いずれの企業でも、労働時間の把握や残業等の問題は発生しない、ということになります。
しかし、厚生労働省等のガイドラインによると、こうした場合であっても、雇用している企業や委託している企業では、労働者や委託者の実態をなるべく把握し、働き過ぎによって健康等に障害がでないように配慮することが望ましいとされています。健康で前向きに仕事に臨めるような工夫が必要でしょう。
まとめ
副業を解禁する際は、企業としての副業許可基準を定め、必要な手続きやフローを整備し、労使間で十分に協議して方針を決定することが大切です。
また、実際に副業を解禁したあと、労働時間の把握や残業代等の支払いの運用を定めることはトラブルを防止するためには重要です。副業のリスクを最大限に低減させるためにも、適切な労働時間管理を実施しましょう。
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