しかし、転勤制度が一概に不要であるとは言えず、慎重に検討している企業や、同業他社の動向に焦りを抱えている企業も多いのではないでしょうか。
本記事では、転勤制度の廃止によって発生するメリット・デメリットの解説から、すでに制度廃止している企業の事例を紹介します。
転勤制度廃止の背景
転勤制度が続々と見直し・廃止されている背景には、コロナ禍を皮切りにテレワークの急速な普及や、人材・働き方の多様化が関係しています。
コロナによるテレワークの普及
テレワークの普及により場所を問わず勤務が可能と実証されたことで、転勤制度を廃止する企業が増加しています。
コロナ禍において感染防止の観点から、多くの企業がテレワーク導入を余儀なくされ、遠隔での働き方が一気に社会浸透しました。以前は出社しなければ業務ができないと思われていた企業でも、テレワーク勤務が可能であると明確になったケースも少なくありません。
その中でJTBグループは2020年、従業員9688名に対し在宅勤務に関するアンケートを実施しました。結果、在宅勤務経験者の約73%が「生産性が高まった、または低下しない」と実感したと回答しています。
人材・働き方の多様化
企業は優秀な人材の確保につなげるため、人材・働き方の多様化に柔軟に対応し、転勤制度を廃止するケースが増えています。近年では、労働人口の減少や価値観の変化に伴い、時間や場所にとらわれない自由な働き方が重要視されるようになりました。特に育児や介護と仕事を両立する人にとって転勤は大きな負担です。転勤制度の廃止は、人材・働き方の多様化の流れを受け、優秀な人材を定着・確保するための重要な施策の一つと言えるでしょう。
転勤制度を廃止するメリット
転勤制度を廃止する会社側のメリットは以下の2点です。
- 離職率が低下する
- 引っ越し費用や単身赴任手当などのコストがなくなる
転勤制度を廃止するためには、社員が勤務地にかかわらず働ける環境を整備しなければならず、テレワークの導入が有効です。この章では転勤制度を廃止するメリットをテレワーク導入による効果も踏まえて解説していきます。
離職率が低下する
家庭の事情などにより、急な転勤辞令に対応できないという理由から、望まない退職を選ぶ従業員が減少するというメリットがあります。
具体的には共働きの家庭で配偶者が急に転勤になった場合や、介護・育児中の従業員にかかる負担減少につながり、勤務継続が可能です。また、特に事情がない場合でも自由な場所で働けることによって、従業員の離職率低下に寄与するでしょう。
引っ越し費用や単身赴任手当などのコストがなくなる
転勤による引っ越しや単身赴任をさせる必要がなくなるため、転居にかかる費用負担の減少もメリットの一つです。
仮に1回の引っ越しにかかる総額を20万円と考えた場合、テレワークへの切り替えにより会社負担コストが不要になります。
また、厚生労働省「令和2年の就労条件総合調査」によると、会社が負担する単身赴任手当は、1人あたり平均月額47,600円と公表されています。転勤制度の見直しにより、その手当が削減できるでしょう。
転勤制度を廃止して得られる恩恵は、会社側、従業員側ともに大きなものとなるでしょう。
転勤制度を廃止するデメリット
転勤制度の廃止はメリットがある一方、以下のようなデメリットが考えられます。
- 組織の活性化が図りづらくなる
- 経験を積ませることが難しくなる
メリット同様に転勤制度を廃止するデメリットを、テレワーク導入による効果も踏まえて解説していきます。
組織の活性化が図りづらくなる
転勤廃止で常に同じメンバーと勤務することになり組織が活性化せず、緊張感の緩みによるモチベーションの低下がデメリットの一つです。
具体的には、新しい考え方や価値観が生まれなくなってしまう可能性や、同じ部署に居続けることで生じる慣れによって、従業員同士の癒着が発生し不正が起こる可能性もあります。また、緊張感の緩みやモチベーション低下によって、注意力が散漫になり思わぬミスの誘発や、生産性の恒常的な低下を招くと想定されます。
対策としては定期的な人事異動によって部署内のメンバーを流動的に変化させ、適度な緊張感をもたらすことが重要です。
テレワークが可能であれば、部署内のメンバーの流動的な変化は可能になります。しかし、テレワークだとモチベーションの維持が難しい一面もあり、生産性の低下が危惧されます。
経験を積ませることが難しくなる
ジョブローテーションによって、さまざまな経験の蓄積が困難になることもデメリットと言えるでしょう。転勤廃止により幅広い業務を経験できず、従業員の視野が広がりにくくなります。また、さまざまな経験を積ませた上での従業員に対する適性判断も困難です。
さらに、今後会社を牽引する従業員の育成にも支障を来す恐れがあります。業務全体を十分に学べず、会社の全体像を理解・把握できる経営者層や管理者層創出の難化が想定されます。
テレワークを推進したとしても、育成環境を整備できていなければ、従業員の様子を把握しにくく適切な指導ができません。そのため、従業員の育成が難しい場合があります。
転勤制度廃止は従業員の離職率低下や転居にかかるコストカットができる一方、組織の不活性化による創造性の低下や、将来的にキーマンとなる従業員の育成方法などへの対策が求められます。制度見直しの際は、メリット、デメリット双方を鑑みることが必要です。
ジョブローテーションとは?
戦略的に転勤や部署間での人事異動を行い、様々な職場や職種を通して知見や経験を積ませたり、人脈を築かせたりすることを言います。
参考記事:用語集「ジョブローテーション」
転勤制度廃止を進めている企業例
いくつかの大企業は、すでに転勤制度廃止を進め新しい働き方を導入しています。ここからは、実際の取り組み事例を解説します。
NTTグループの転勤廃止例
NTTグループは2022年7月1日から、日本中で場所を問わずテレワークが可能な制度を導入しました。この制度を基に転勤や単身赴任を伴わない働き方を拡大していく予定です。その背景には働く場所や時間だけでなく住む場所の自由度を高め、仕事とプライベートを近接させるワークインライフ(健康経営)をより一層推進していきたいという理念があります。
具体的な取り組みとしては、従業員の自宅を勤務場所とし、出社の際は出張費を支給するテレワークと出社のハイブリットワークが挙げられます。制度開始当初は、制度適用対象を主要会社本体従業員の約5割と想定し、テレワークを基本に業務遂行が可能な「リモートスタンダード組織」所属の従業員に運用するとしていました。
従業員本人の希望や業務内容に応じ、個人単位の適用や除外も柔軟に対応するとしています。
従業員からは、子どもの成長を見据えた将来設計ができたり、仕事と家庭の両立が可能になったりするなど「働きやすくなった」という声が挙がっています。
AIGの転勤廃止例
大手損保会社AIGは2019年度から「転勤希望制度」を導入し、従業員の望まない転勤を廃止しています。AIGによる従業員へのアンケートでは「勤務地は自分で選びたい」との回答が約6割を占めました。
この声を受けて、家族や友人などとのコミュニティを継続し、充実した人生構築が叶う職場環境を目指す「The Best Place to Work」という考えが生まれました。具体的には、転勤を希望する「モバイル社員」と転勤がない「ノンモバイル社員」という2種類の働き方を選択可能としました。
転勤を伴う場合、非転勤職種に比べ高い給与が一般的ですが、AIGではモバイル社員とノンモバイル社員で報酬の差を設けていません。さらに、モバイル社員を希望エリア外へ転勤させる場合、家賃の他手当が支給されます。
制度開始後、転勤対象だった従業員のうち、ノンモバイル社員を選択した人は約7割に上りました。また、新卒採用枠には会社都合による転勤廃止前と比較し10倍の応募があったなど、大きな反響を呼んでいます。
カルビーの単身赴任制度廃止例
カルビーは2020年7月から「Calbee New Workstyle」という新しい働き方を開始し、オフィス勤務者は2017年から導入されている「モバイルワーク制度」を基本としたテレワークを原則としました。その背景には新型コロナウイルス感染症の影響があり、従業員の安全を考慮しテレワーク中心の勤務を徹底しています。テレワークの普及により、単身赴任している従業員は、テレワークでも業務に支障がないと会社が認めれば解除できます。
原則テレワークですが、創造性や効率性の向上、直接コミュニケーションが必要な場合のみオフィス出社が可能です。それを踏まえた出社率の目安は30%前後としています。
また、通勤にかかる定期代支給を停止し出社時の交通費を実費支給するほか、自宅のテレワーク環境改善・整備で発生する必要費用について「モバイルワーク手当」として一部補助を行っています。
テレワークを推進するためのITツール活用により、業務効率化や新たなコミュニケーション方法の創出といった効果につながっています。
このように、転勤制度廃止や従業員の選択を尊重することにより、従業員から会社への信頼度はもちろん外部評価向上にも効果が出ています。運用を進める上で課題発生も予想されますが、まずは社会の流れや組織に合った制度整備が重要です。
まとめ
コロナ禍でのテレワーク普及や、多様化する人材・働き方の流れにより、大企業の中で転勤を廃止する動きが生まれています。転勤制度廃止により、家庭事情などでの離職防止や引っ越しにかかる費用減少、従業員からの信頼度が高まるというメリットがあります。
その反面、組織の風通し悪化による腐敗を招いたり、将来リーダーとなる従業員の育成に支障が出たりする可能性があります。そうした課題を改善しつつ効果的に制度を運用することが必要です。
また、従業員の働き方が可視化されにくいテレワーク環境下では、適切な勤怠管理や人材管理が重要と言えるでしょう。
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