本記事では、2023年に対応すべき項目を中心に、労務担当が取り組むべき対応策を解説します。
【労働安全衛生法】2023年・24年改正の施行内容とスケジュール
2023年~2024年にかけて施行される改正内容とスケジュールを解説します。
▼新たな化学物質規制項目の施行期日
改正によって生じる企業側のメリットとしては、条件を満たせば特殊健康診断の回数を緩和できることが挙げられます。一方で、義務化される項目が多いのが今回の改正の特徴です。対応できていないと労働安全衛生法違反と見なされ、罰則が科せられます。新たな取り組みも多くありますので、詳しく解説していきます。
2023年に対応すべきポイント
2023年に施行される13項目と対応ポイントを解説します。対象となるのはリスクアセスメント対象物を製造、又は取り扱う事業場です。なお「リスクアセスメント対象物」とは、労働安全衛生法57条の3*でリスクアセスメントの実施が定められている危険・有害物質を指します。
(1)ばく露濃度の低減措置
リスクアセスメント対象物を製造、又は取り扱う労働者が、当該物質にさらされる程度を最小限度にしなければなりません。 以下の①~④の順に対策をとることが効果的と言われています。
① 代替物等を使用する
② 発散源を密閉する設備、局所排気装置または全体換気装置を設置し、稼働する
③ 作業の方法を改善する
④ 有効な呼吸用保護具を使用する
2023年に求められているのはここまでですが、2024年4月以降には「濃度基準値設定物質」に定められた一部物質のばく露程度は、基準値以下とするように義務づけられているため、その点を念頭に置き対応しましょう。
【労務対応のポイント】
労務担当者としては、例えば換気装置や保護具支給で化学物質や現場状況に適した保護具を支給することで現場をサポートしましょう。その際、正しい使用と管理方法を教育する機会を設けるなど、ただ支給するだけでなく文化として浸透するための工夫が大切です。例えば、濃度基準値以下であるかを必ず確認するための推定ツールや実測法を組み合わせることも効果的です。
(2)(1)に基づく意見聴取、記録等
リスクアセスメント対象物のばく露低減措置を講じた事業者は、関係労働者から意見を聴取する機会を設けなければなりません。また事後の検証を可能にするために、ばく露低減措置に関する記録の作成と保存が義務付けられます。
【労務対応のポイント】
<意見の聴取>
実際に行った低減措置を労働者に確認し、かつ適切なものであったかどうかを労働者に問うことが目的です。重要なのは関係労働者の意見を聴くことであり、事業者側の意見を聴取したり、同意を得たりする必要はありません。例えば、労働代表者が安全衛生委員会に出席している場合には、委員会での審議とこの意見聴取を兼ねることも可能です。
<記録・保存>
リスクアセスメント対象物のばく露低減措置を講じた事業者は、下記項目について記録し、かつその内容を労働者に周知する必要があります。
- ばく露低減措置の状況
- ばく露状況
- 労働者の氏名
- 作業の概要
- 作業期間等
記録は、1年を超えない期間ごとに1回作成し、3年間は保存しなければなりません。さらに、記録の対象ががん原性物質である場合の保存期間は30年間です。一般的にがんは他の病気に比べて発症が遅いため、退職した後に発症した場合であっても検証できるよう、保存期間が長く設定されています。
(3)皮膚等障害化学物質等への直接接触の防止
業務で取り扱う物質の有害性に応じて、労働者に障害等防止用保護具を使用させる必要があります。具体的には、皮膚・眼刺激性、皮膚腐食性または皮膚から吸収され健康障害を引き起こしうる化学物質と当該物質を含有する製剤を製造し、または取り扱う業務に労働者を従事させる場合が該当します。
|
対象となる労働者 |
必要な措置 |
備考 |
---|---|---|---|
① |
健康障害を起こすおそれのあることが明らかな物質を製造し、または取り扱う業務に従事する労働者 |
保護眼鏡、不浸透性の保護衣、保護手袋または履物等適切な保護具を使用する |
2023年努力義務 |
② |
健康障害を起こすおそれがないことが明らかなもの以外の物質を製造し、または取り扱う業務に従事する労働者 (①を除く) |
保護眼鏡、不浸透性の保護衣、保護手袋または履物等適切な保護具を使用する |
2023年以降努力義務 |
【労務対応のポイント】
- 化学物質の性質やばく露の程度に見合った製品を選ぶ
- 保護具を支給するだけでなく、保護具を着用する理由、正しい使い方を繰り返し教育する
防塵マスクや防毒マスク、化学防護手袋などの保護具は、正しい使用方法を守らなければ、その効果は十分に発揮されません。また、使用後の正しい手入れやふき取り、使用限度の認識など、使用者への教育も重要なポイントです。正しい使用方法や交換の目安を掲示するのも有効的ですが、さらに動画や実演といった教材を加えながら、定期的な研修を設けることをおすすめします。
(4)衛生委員会の付議事項の追加
下記①~④の事項を衛生委員会の付議事項に追加することが義務付けられます。委員会において、化学物質の自律的な管理の実施状況の調査審議を行う必要があります。
① 労働者が化学物質にばく露される程度を最小限度にするために講ずる措置に関すること
② 濃度基準値の設定物質について、労働者がばく露される程度を濃度基準値以下とするために講ずる措置に関すること
③ リスクアセスメントの結果に基づき事業者が自ら選択して講ずるばく露低減措置等の一環として実施した健康診断の結果とその結果に基づき講ずる措置に関すること
④ 濃度基準値設定物質について、労働者が濃度基準値を超えてばく露したおそれがあるときに実施した健康診断の結果とその結果に基づき講ずる措置に関すること
【労務対応のポイント】
衛生委員会の設置義務のない労働者数50人未満の事業場も、労働安全衛生規則(安衛則)第23条の2*に基づき、上記の事項について、関係労働者からの意見聴取の機会を設けなければなりません。労働者数の人数が少なくても、ばく露をはじめとする労働災害発生のリスクはゼロではありません。そのため設置義務がなくても委員会を設置し、労働者との意見を密にしておくことをおすすめします。
(5)がん等の遅発性疾病の把握強化
いわゆる職業がんの実態を把握しきれていない現状を考慮し、化学物質を製造または取り扱う事業場内で、1年間に同種のがんに罹患した労働者の存在を把握したときは、罹患が業務に起因するか否かについて医師の意見を聴かなければなりません。
【労務対応のポイント】
医師が従業員のがんの罹患に対して、業務に起因する疑いがあると判断した場合は、遅滞なく、その労働者の従事業務の内容等を所轄都道府県労働局長に報告しなければなりません。
現状、把握が進まない原因として「産業医等の関与不足」や「労働者の認識不足」が挙げられます。日頃から産業医と連携し、労働者に対して化学物質と遅発性疾病のリスクについて教育、啓発することが把握強化につながります。産業医を配置していない場合には、地域産業保健センターに協力を仰ぐことができます。
(6)リスクアセスメント結果の作成と保存
リスクアセスメントの結果と、その結果に基づき実施した労働者の健康障害防止策の内容について、関係労働者への周知はもちろん、記録の作成も必要です。
【労務対応のポイント】
次回のリスクアセスメントが3年以内に行われる場合であっても、最低3年間は記録の保存が必要です。化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針*では下記6項目について記録すべきとされています。
- 調査した化学物質等
- 洗い出した作業又は工程
- 特定した危険性又は有害性
- 見積もったリスク
- 設定したリスク低減措置の優先度
- 実施したリスク 低減措置の内容
また、これらの事項を記録するに当たっては、「調査等を実施した日付」と「実施者」を明記する必要があります。
(7)がん原性物質の作業記録の保存
リスクアセスメント対象物のうち、労働者にがん原性物質を製造し、または取り扱う業務を行わせる場合は、その業務の作業歴を記録しなければなりません。
【労務対応のポイント】
従業員情報を有する労務側と、現場での作業内容を把握している現場との連携が欠かせません。従業員の入退社と作業記録とが紐づくシステムなど、労務と現場相互のチェック機能が働く仕組みを構築しましょう。また、記録した情報は、確実に30年間保存できる仕組みを構築しましょう。
(8)安全衛生教育が必要となる業種の拡大
労働安全衛生法第60条*の規定で、事業者は、新たに職務につくこととなった職長その他の作業中の労働者を直接指導または監督する者に対し、安全衛生教育を行わなければならないとされている。
【労務対応のポイント】
以下の業種に該当する場合には職長教育が必須となるため、労務担当者は対象職長の教育の計画、準備を行わなければなりません。
- 食料品製造業(うま味調味料製造業と動植物油脂製造業は、すでに職長教育の対象)
- 新聞業、出版業、製本業、印刷物加工業
なお「職長」は総称のため、職場によっては作業長、リーダー、監督などの呼称が考えられます。現場で業務の指揮命令を行う人を指します。
職長教育は、労働安全衛生法施行規則第40条*によって全12時間とされており、内容は以下のとおりです。
事項 | 時間 |
・作業手順の定め方 ・労働者の適正な配置の方法 | 2時間 |
・指導及び教育の方法 ・作業中における監督及び指示の方法 | 2.5時間 |
・危険性又は有害性等の調査の方法 ・危険性又は有害性等の調査の結果に基づき講ずる措置 ・設備、作業等の具体的な改善の方法 | 4時間 |
・異常時における措置 ・災害発生時における措置 | 1.5時間 |
・作業に係る設備及び作業場所の保守管理の方法 ・労働災害防止についての関心の保持及び労働者の創意工夫を引き出す方法 | 2時間 |
(9)「人体に及ぼす作用」の定期確認と更新
SDSの通知事項の1つである「人体に及ぼす作用」について、定期的に確認しなければなりません。確認の結果、変更がある場合にはSDSを更新するとともに、SDS通知先に変更内容を通知する必要があります。
安全データシート(Safety Data Sheet/通称SDS)とは、当該化学物質の名称や、危険性、有害性、取扱方法、保管方法、廃棄方法、ばく露した際の応急措置などが記載された文書です。当該物質そのもの、および当該物質を含む混合物を譲渡または提供する際に、相手方に提供しなければなりません。
また現在、安衛則第24条の15*の特定危険有害化学物質等はSDSの交付が努力義務となっていますが、今回の改正によって同様に更新・通知も努力義務となります。
【労務対応のポイント】
労務側でSDSを一括管理する場合、以下のスキームで担当を明確にし、改正に対応しましょう。
5年以内ごとに1回、記載内容の変更の要否を確認
▼
変更があるときは、確認後1年以内に更新
▼
変更をしたときは、SDS通知先に対し、変更内容を通知
(10)事業場内別容器保管時の措置の強化
労働安全衛生法第57条*で譲渡・提供時のラベル表示が義務付けられている化学物質(ラベル表示対象物)について、譲渡・提供時以外も、ラベル表示・文書の交付その他の方法で、内容物の名称やその危険性・有害性情報を伝達しなければなりません。
例えば、以下の場合が該当します。
- ラベル表示対象物を、他の容器に移し替えて保管する場合
- 自ら製造したラベル表示対象物を、容器に入れて保管する場合
▼ラベル表示イメージ
【労務対応のポイント】
ラベル表示や文書を交付しても、労働者がラベルに記載されている危険性・有害性情報を正しく理解できなければ意味がありません。そこで下記観点を基に、教育機会を設けることも有効的です。
- その化学品にはどんな危険性や有害性があるか?
- それはどの程度の重大性か?
- 重要な対策は何か?(静電気対策は? 換気は? 保護具は? 等)
- 事故が起こった場合、どうすればよいか?(避難は? 皮膚についた時の対応は? 等)
- どのような保管をすればよいか?
また、当該保管区域の立ち入り制限や入退室の記録を徹底することも、リスク軽減に大きな役割を果たします。
(11)措置設備の範囲の拡大
注文者になった場合は、請負人の労働者の労働災害も防止しなければなりません。また、化学物質の危険性と有害性、作業において注意すべき事項、安全確保措置等を記載した文書の交付も求められます。 具体的には、化学物質の製造・取扱設備の改造、修理、清掃等の外注が該当します。
【労務対応のポイント】
化学設備、特定化学設備に加えて、SDS等による通知の義務対象物の製造・取扱設備も対象となります。このように措置の対象となる設備の範囲が広がることから、自社の取り扱いにおける措置の対象を見直しましょう。なお、下記のとおり文書の内容自体に変更はありません。
- 当該化学物質の危険性及び有害性
- 当該仕事の作業において注意すべき安全又は衛生に関する事項
- 当該仕事の作業について講じた安全又は衛生を確保するための措置
- 当該化学物質の流出その他の事故が発生した場合に講ずべき応急措置
(12)個別規制の適用除外
化学物質管理の水準が一定以上であると所轄都道府県労働局長により認められた場合は、その認定に関する特別規則(特定化学物質障害予防規則等)について個別規制の適用を除外できます。結果的に、特別規則 の適用物質の管理を、自社の裁量による自律的な管理(リスクアセスメントに基づく管理)とすることができます。
【労務対応のポイント】
要件を満たす場合には所轄の労働局に認定の申請を行います。認定の主な要件は以下のとおりです。
①認定を受けようとする事業場に、専属の化学物質管理専門家(※2)が配置されていること。
②過去3年間に、各特別規則が適用される化学物質等による死亡又は休業4日以上の労働災害が発生していないこと。
③過去3年間に、各特別規則に基づき行われた作業環境測定の結果が全て第一管理区分であったこと。
④過去3年間に、各特別規則に基づき行われた特殊健康診断の結果、新たに異常所見があると認められる労働者がいなかったこと。(粉じん則については、じん肺健康診断の結果、新たにじん肺管理区分が管理2以上に決定された者又はじん肺管理区分が決定されていた者でより上位の区分に決定された者がいなかったこと。)
※1)所轄都道府県労働局長の認定は、事業者からの申請に基づき、特化則、有機則、鉛則又は粉じん則の各省令ごとに別々に 行い、当該認定に係る省令についての個別規制について適用除外とする。
※2)化学物質管理専門家の要件は、厚生労働大臣告示で示すことを予定 ・労働衛生コンサルタント(労働衛生工学)として5年以上実務経験 ・衛生工学衛生管理者として8年以上実務経験 ・作業環境測定士として8年以上実務経験 ・その他上記と同等以上の知識・経験を有する者(オキュペイショナル・ハイジニスト有資格者等を想定)条件に該当する場合、所轄の労働局に認定の申請を行う。認定されれば、特別規則の適用物質に係る管理から、事業者による自律的な管理へと切り替えることができる。
(13)健康診断の実施頻度の緩和
作業環境管理やばく露防止対策等が適切に実施されている場合には、 有機溶剤、特定化学物質(特別管理物質等を除く)、鉛、四アルキル鉛に関する 特殊健康診断の実施頻度(通常は6月以内ごとに1回)を1年以内ごとに1回に緩和できるようになります。
【労務対応のポイント】
労務担当は、産業医もしくは労働衛生に係る知識や経験のある医師等の専門家の助言を踏まえ、衛生委員会での審議を経ることとします。その際、事業場単位ではなく、事業者が労働者ごとに判断します。
なお、同一の作業場で作業内容が同じで、同程度のばく露があると考えられる労働者が複数いる場合には、その集団の全員が上記要件を満たしている場合に実施頻度を1年以内ごとに1回に見直すことが望ましいとされています。
▼実施頻度の判断基準
区分 |
要件 |
実施頻度 |
---|---|---|
区分1 |
▼以下のいずれも満たす場合 ①当該労働者が作業する単位作業場所における直近3回の作業環境測定結果 が第一管理区分に区分されたこと。(※四アルキル鉛を除く。) ②直近3回の健康診断において、当該労働者に新たな異常所見がないこと。 ③直近の健康診断実施日から、ばく露の程度に大きな影響を与えるような作 業内容の変更がないこと。 |
次回は1年以内に1回 (実施頻度の緩和の判断は、前回の健康診断実施日以降に、左記の要件に該当する旨の情報が揃ったタイミングで行う。) |
区分2 |
上記以外 |
次回は6月以内に1回 |
2024年も続く改正対応
2023年だけでなく2024年にも下記改正が続きます。雇入れ時教育の拡充やSDSによる通知事項の追加など、準備に時間を要することを見越し、2年に及ぶスケジュールになっています。2024年の改正期日に慌てることのないよう、労務担当として計画的な進捗管理を行いましょう。
- ラベル表示・通知をしなければならない化学物質の追加
- ばく露の最小限度化
- 皮膚等障害化学物質への直接接触の防止
- 化学物質労災発生事業場等への労働基準監督署長による指示
- リスクアセスメントに基づく健康診断の実施・記録作成等
- 化学物質管理者・保護具着用責任者の選任義務化
- 雇入れ時等教育の拡充
- SDS等による通知事項の追加及び含有量表示の適正化
安衛法の改正を経て、2024年にはリスクアセスメント実施の義務の対象となる物質(リスクアセスメント対象 物)に、国によるGHS分類で危険性・有害性が確認された全ての物質が順次追加されます。これにより現状674物質が最終的には約3000物質になる予定です。
▼改正前後の化学物質規制
まとめ
化学物質の取扱いに従事する労働者の健康を確保、維持するために大幅な改正が行われます。従来の「個別規制型」から「自律的な管理」への移行の促進を背景としており、その対応項目は多岐にわたります。とはいえ、今回義務づけられた各項目すべてに対応し、クリアしたからといって化学物質による災害リスクをゼロにできるものではありません。
リスクを限りなくゼロに近づけるために、労務担当としてできることの1つに「入退室管理システムの導入」があります。管理された区画へ立ち入りできるメンバーを制限し、入退室記録を残すこともできるシステムです。さらに、当該システムで取得した入退室履歴と勤怠管理システムを連携させれば、労働時間の適正把握につなげることも可能です。従業員の健康を多方面からサポートします。
関連記事
- 【2022年最新版】GビズIDとは?取得手続きや利用方法、e-Govとの違いを解説
- 工場セキュリティ対策のポイントは?実践的なリスク管理の手法や考え方を解説
- 【シーン別】入退室管理システムの選び方。情報漏えい対策から災害時の安全確保まで