村上 元茂 氏
2008年 弁護士登録(東京弁護士会)
2014年 株式会社アクセア社外取締役就任(現任)
2015年 弁護士法人マネジメントコンシェルジュ設立(現任)
2019年 社会保険労務士法人clarity設立(現任)
人事・労務、外国人雇用、企業に対する不当クレーム対応等の業務に従事。
弁護士法人における人事労務分野対応としては、日常的な問題社員対応に加え、訴訟、労働審判、あっせん、労働組合との団体交渉を得意とする。
社会保険労務士法人における対応業務としては、紛争対応を見据えた労務管理についてのアドバイス、各種規程整備、人事評価システムに関するアドバイス、HRテックを用いた労務管理についてのアドバイスを行っている。
また、弁護士として、BtoC企業の依頼を受け、企業に対するクレーム・クレーマー対応にも多数関わる。
解雇の有効要件に関する経営者の認識の誤り
まず、解雇紛争が多くの企業で生じる背景には、我が国における解雇規制が、正しく企業経営者・人事部に理解されていないという実態があります。
すなわち、我が国において解雇にまつわる規制は複数の法律にまたがって規定がなされており、主として問題となるのは労働契約法と労働基準法です。
この点、多くの企業経営者において「解雇をするためには1月前に予告をしなければならない」「1月前の予告をしない場合には1月分の賃金を支払わなければならない」という認識は一般的に持たれているところです。
解雇をするためには1月分の賃金相当額を支払わなければならないという規制は、解雇予告手当といって労働基準法第20条に規定がなされています。
確かに、解雇予告手当も解雇にまつわる重要な規制の一つではありますが、「解雇予告手当を支払っておけば解雇はできる」という認識、換言すれば解雇予告手当が解雇をするために唯一必要とされる要件であるという認識は、誤りです。
解雇が可能であるかの検討においては「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定する労働契約法第16条の解雇権濫用法理の理解が不可欠です。
ここで、何をもって「客観的に合理的な理由」があるとされるのか、どのような解雇が「社会通念上相当であると認め」られるのかは、法律の文言からは一義的に明らかではありません。
どのような場合に客観的合理性と社会通念上の相当性が認められるのかについては多くの裁判例が集積されていますが、多くの裁判例において、裁判所は解雇の有効性について厳しい判断をする傾向にあります。
イメージ的に申し上げれば、経営者から見て「これくらいの問題を起こせば解雇にしても仕方ないであろう」という「これくらい」と、裁判所が考える「これくらいであれば解雇となっても仕方ない」という「これくらい」には、大きな乖離があります。
解雇権濫用法理の判断基準
では、裁判所はどのようにして解雇権濫用法理を適用して解雇の有効性を判断するのでしょうか。換言すれば、どのような場合に解雇が有効とされるのかが問題となります。
この点、多くの場合、まず会社が重視するのは、解雇の理由となった決定的な事由・原因(大きなミスをした、上長に対して反抗的な発言をした、企業秩序を乱すような不適切な行為をした等々)です。また、これまでどれくらい他にも問題行動が繰り返されてきたかも解雇の理由として付け加えられる場合も多く見られます。
実際、当事務所に解雇が可能であるかをご相談にいらっしゃる企業も、これまで対象者がいかに問題のある従業員であったかという点について、時系列に沿って詳細にまとめ、その証拠を保存されている場合も多いです。
確かに、解雇の直接の理由となった問題行動は重要です。しかし、当該問題行動が多額の横領行為であるといった企業の従業員として致命的な非違行為でない限り、問題行動が起きたからといって裁判所が直ちに解雇を有効とすることは難しい場合があります。
なぜ、裁判所はそのような考え方をするのか。
「問題行動をするということは、誠実に仕事をするという労働契約上の義務の違反ではないのか。契約上の義務の違反がある以上、契約解除(解雇)されても仕方がないのが法律ではないのか」
多くの経営者が抱く、素朴な疑問です。
その疑問にお答えするには、我国の労働法制の背景を理解する必要があります。
我が国は終身雇用制を背景とした長期雇用慣行を前提としているところ、長きにわたる雇用関係の過程では、従業員による問題行動(遅刻、業績不振、非違行為等)をはじめとしたさまざまな問題(プライベートな理由での長期欠勤、病気による一時的なパフォーマンスの低下等)が生じることもあり得るのであり、問題行動がなされた場合に直ちに雇用関係を解消するのではなく、まずは反省悔悟の機会を、いわば挽回のチャンスを与えるべきなのではないか、という考え方があります。
この考え方が、解雇権濫用法理の背景にある考え方です(なお、休職制度も解雇猶予制度として同様の考え方が背景にあります)。
そのため、解雇を検討するにあたっても、まずは従来の問題行動について注意指導がなされたか、注意指導によって改められない場合に懲戒処分等によって反省悔悟・挽回のチャンスを与えたか、解雇前には「次に問題行動があった場合には解雇を含めた厳しい処分があり得る」という警告があったか、といった慎重な対応をとる必要があります。
以上の検討を経て、それでもなお態度を改めない従業員について、企業外への排出という最終手段としての解雇を検討するべし、という思想があるのです。
その意味で、企業経営者が考える「企業人として、普通こんなこと許されるはずがなく、解雇になっても仕方ない」「ここまでのことをしたのだから、契約違反で解雇になっても当然だ」といった「普通」「当然」は、裁判所の考える「普通」「当然」ではないのです。
以上の通り、解雇紛争を取り扱う裁判所においても、解雇の有効性の検討にあたっては問題とされた非違行為のみならず、それまでなされた会社からの注意指導、懲戒処分等の履歴について詳細に確認がなされます。
つまり企業としては、従業員の問題行動がある度、しっかりと注意指導・懲戒処分等をしておくことが、いざとなったときの備えとなるのです。
解雇が無効とされると金銭的損失が発生する可能性がある
以上の通り、解雇が裁判所によって有効とされるためには厳しい要件が課されているという点について説明しましたが、企業が法律上の要件を満たさない解雇をしてしまった場合、いわゆる「不当解雇」をしてしまった場合、何が企業リスクとなるのでしょうか。
解雇が違法・無効であるということは、法律上解雇がなかったことになるので、当該従業員は従業員としての地位を失っていないこととなり、職場復帰をするという帰結になることは理解いただきやすいところかと思います。
もっとも、実際の労働審判・訴訟実務においては、「不当解雇」であると判断される場合であっても、労使双方に対して実際の復職の意向について確認を求められたうえ、双方の復職意向がないということとなり、結果として合意で退職するということも少なくありません。そうすると、企業経営者からすれば「結果として解雇が有効になるのであれば、(ダメもとで、試しに)解雇にチャレンジしてみたらいいではないか」という発想が出てきます。
しかし、この発想は危険です。
何が危険か。
不当解雇案件における敗訴は、少なくない金銭リスクとなります。
すなわち、仮に裁判所において解雇が無効であると判断された場合(不当解雇と判断された場合)、解雇を言い渡したその日から、裁判所での解決がなされるその日まで、(仕事をしていないにもかかわらず)仕事をしたのと同様に、それまで支払っていた給与相当額の支払いが命じられます。
これを「バックペイ」と呼びます。
このバックペイに加え、前述した不当解雇はしたけれど合意退職することの代わりに、慰謝料の支払いを命じられる場合もあります。
以下に簡単な例を示します。
例えば、令和3年6月1日、それまで月給30万円支払っていた従業員を解雇し、裁判をした結果令和4年8月31日に不当解雇であることを前提に解決(和解、判決)をしたとします(通常訴訟に移行した場合、訴訟終了まで1年以上かかることは珍しくありません)。
そうすると、慰謝料は別として、バックペイのみで450万円の支払いを命じられることは確実となります。
不当解雇された従業員を誘因する法律事務所の広告で、「~業 ~百万円で解決」といった金銭解決を謳う広告文をご覧になり、「解雇の話なのになんで数百万円も支払わされるのか。慰謝料であろうか。」と考えたことがあるかもしれません。
無論、これらの支払の内訳として慰謝料が含まれている場合もありますが、当該金額の多くはバックペイです。
ここで素朴な疑問として「確かに不当な解雇はしたけど、なんで仕事もしてないのに給与相当額の支払いを命じられるんだ。理不尽ではないか」とお感じになるかもしれません。実際、多くの企業経営者にとっては理解できない事態です。
しかし、バックペイにもしっかりと法律上の根拠があるのです。
民法536条第2項には「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない」と規定されています。
ここでいう「債権者」は使用者、すなわち会社です。
「債権」は何の債権かというと「従業員に対して労務提供を求める債権」という意味です。
他方、「債務者」は「従業員」をいいます。
また、「反対給付」とは、賃金を支払う義務をいいます。
そして、「債権者の責めに帰すべき事由」とは、今回の話でいくと「法律上認められない(不当)解雇をしたこと」がそれにあたります。
それぞれ当てはめて読むと「会社(使用者)が不当解雇をしたことによって(従業員が)仕事をすることができなかったときは、会社は賃金支払いの義務を免れることができない。」と読み替えられます。
「仕事もしていないのに、給料もらえるってそんな理不尽なことがあるか」
そのようにお感じになりますか。しかし、この場面ではどうでしょう。
例えば、御社がとあるイベント運営を依頼されたとします。当日、会場とされる場所に行ったものの誰もおらず、依頼主に連絡をしたところ、「ちょっと社内事情でイベントそのものがなしになったのでやっぱりキャンセルでいいです」と言われました(キャンセル料に関する合意・約款等の存在は度外視してください)。
当然ですが、御社としては履行の準備は整えていたところを先方の都合でキャンセルになったのであるから、当日受け取るはずであった業務委託費は請求したいところかと思います。
場面としてはこれと同じで、不当解雇案件において、従業員は解雇をされた以上、会社には来ることができません。すなわち、イベント会場に行ったものの依頼者の都合で依頼者がおらず、義務の履行(イベント会社の場合はイベント運営、従業員の場合は労務の提供)ができないという場合と、ケースとしては同じなのです。
このようにして、不当解雇案件においては単に身分関係の問題にとどまらず、金銭的支払いをめぐって熾烈な争いが繰り広げられるが常です。
まとめ
以上の通り、不当解雇案件において、企業は多額の金銭リスクを背景に紛争対応にあたる必要があり、バックペイの性質上、紛争が長引くほど支払額が増大する傾向にあります(この点、昨今は裁判所での紛争に入る前の任意交渉の段階から、不当解雇であることを前提に半年分であるとか1年分のバックペイを求めてくる従業員も少なくありませんが)。
ひとたび解雇をしてしまった後は、新たな事情を付加して解雇を有効とすることはできません。
そのため、解雇を検討するのであれば、解雇に踏み切る前に十分な検討をするべきです。
解雇を検討する企業においては、裁判例を踏まえ従来の注意指導の経緯と今回の非違行為からみて解雇が有効となるかを十分に精査の上、解雇の適否について判断するべきです。当該検討にあたっては労働法に精通した法律家の助言を求めることは必須と言えます。
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