特に2026年は、所得税の非課税ライン引き上げ(178万円)と社会保険加入要件の見直しが重なる移行期です。対応を誤れば従業員トラブルや法令違反のリスクもあるため、重要な課題のひとつです。そこで本記事では、年収の壁の種類と仕組み、2026年時点の最新動向、人事担当者が取るべき実務対応を整理して解説します。
井上 敬裕 氏
中小企業診断士・社会保険労務士
青果加工場の工場長を約9年間務めた後、40歳の時に中小企業診断士として独立。販路開拓支援、事業計画作成支援、6次産業化支援、創業支援などを行う。
平成27年社会保険労務士として開業し、給与計算を中心に労務関連業務を行っている。
社会保険労務士法人アスラク 代表社員
https://sr-asuraku.or.jp/about/
年収の壁とは?「税金」と「社会保険」の2軸で理解する
年収の壁は「税金(所得税・住民税)の壁」と「社会保険の壁」の主に2軸で成り立っています。両軸は制度が異なり、影響も異なります。この2軸を混同するとトラブルの原因になりうるため、正確な理解が欠かせません。
さらにさらに、「本人への課税」と「家族(配偶者・親)が受けられる控除」とに分けて考える必要があります。どの壁が誰に影響するかを整理することが、適切な労務管理の第一歩です。
税金の壁・全基準一覧(2026年最新)
2026年時点の「税金の壁」は、住民税・所得税・各種控除ラインを合わせると6段階以上の基準が存在します。
119万円の壁:住民税の非課税ライン(旧110万円の壁)
住民税(均等割・所得割)の課税が始まる収入の境目です。非課税ラインは2025年度の税制改正で100万円から110万円へ引き上げられました。さらに、2026年度の税制改正により、給与所得控除の最低保障額が65万円から69万円に引き上げられることが決定しています。
加えて、2026年、2027年の給与収入分に限っては給与所得控除に5万円が上乗せされる特例が適用されるため、この2年間に限っては非課税ラインが119万円となります。
なお、住民税は前年の収入をもとに翌年に課税される後払い方式のため、110万円のラインは2026年以降、119万円のラインは2027年以降の納税に影響する点に注意しましょう。また、住民税の基準は自治体ごとに異なる場合があるため、従業員の居住地に応じた個別確認も欠かせません。
136万円の壁:所得税法上の扶養ライン(旧123万円の壁)
配偶者控除や扶養控除を、「扶養する側が」受けられるかどうかを左右する境目です。2026年度の税制改正で123万円から136万円へ引き上げられました。このラインを超えると配偶者控除の適用が外れて配偶者特別控除へと切り替わり、扶養する側の税負担が増える可能性があります。
159万円の壁:特定親族特別控除のライン(旧150万円の壁)
2025年に新設された「特定親族特別控除」の満額適用ラインで、2026年度改正により150万円から159万円へと引き上げられました。19歳以上23歳未満の大学生世代の子を持つ親が対象の制度で、子の年収が136万円を超えて扶養控除の適用対象外になっても、159万円以下であれば控除を引き続き受けられます。
子の年収が159万円を超えると控除額は段階的に縮小し、197万円(所得で123万円)を超えた時点でゼロになります。
169万円の壁:配偶者特別控除の満額ライン(旧160万円の壁)
配偶者の年収が扶養控除の対象範囲(136万円)を超えた後も、一定の収入までは段階的に控除が受けられる「配偶者特別控除」に関するラインです。2026年度改正により、満額(38万円)の控除が受けられる上限が160万円から169万円へと引き上げられました。
ただし、扶養する側の年間所得が1,000万円を超える場合は、この控除自体を受けられません。高所得者層を抱える職場では把握しておくべきポイントです。
178万円の壁:所得税の非課税ライン(2026年大改正)
働く本人に所得税が課税され始める収入のラインで、2026年度の税制改正で注目度が最も高い項目です。2025年に103万円から160万円へ引き上げられた後、2026年にさらに178万円へと2段階で拡大されました。内訳は基礎控除104万円と給与所得控除74万円の合計です。
ただし、この引き上げはあくまで所得税のみが対象です。収入が178万円に達するまで働くことで社会保険料の負担が生じた結果、収入が増えても手取りが逆に減る、いわゆる「働き損」のリスクは依然として残ります。178万円の引き上げと社会保険の壁は切り離して理解することが、従業員への正確な説明の前提となります。
207万円:配偶者特別控除の消滅ライン
年収に応じて段階的に縮小していく「配偶者特別控除」が完全に消滅する上限ラインです。このラインを超えると、配偶者の収入がいくら増えても扶養者側に節税メリットは生まれません。
注意が必要なのは、この207万円という基準が2026年・2027年収入分にのみ適用される点です。2028年収入分以降の扱いについては現時点で決定しておらず、今後の制度動向を引き続き追う必要があります。
社会保険の壁・全基準一覧(2026年最新)
「社会保険の壁」は、手取り額への影響が最も大きく、企業が最優先で管理すべき壁です。2026年は撤廃・ルール変更が相次ぐ重要な転換点のため、抜け漏れのないよう把握しておきましょう。
106万円の壁:社会保険加入義務のライン(2026年10月撤廃予定)
社会保険の被保険者人数が51人以上の企業で、次の要件すべてを満たすと、勤務先の健康保険・厚生年金への加入義務が生じます。
- 週所定労働時間が20時間以上
- 月額賃金が88,000円以上(年収約106万円)
- 雇用期間(見込み)が2カ月
- 学生ではない
今後の見通し
2026年10月には月額88,000円という賃金要件が撤廃されるため、年収にかかわらず週20時間以上働く人が社会保険の加入対象となります。
さらに、51人以上という企業規模の要件も2027年10月以降に段階的に縮小・撤廃される予定です。改正が完全に実施された後は、勤務先の規模や年収水準を問わず、週20時間という労働時間だけが加入の分岐点となります。言い換えれば「年収106万円の壁」は「労働時間週20時間の壁」へと性質が変わることになります。
「106万円の壁」撤廃については、以下の記事でも詳しく解説しています。
130万円の壁:被扶養者からの除外ライン(2026年4月ルール変更済み)
社会保険の扶養から外れ、自身で国民健康保険・国民年金等に加入しなければならないラインです(19〜23歳未満の学生等は150万円が基準)。
2026年4月から、判定方法が「労働契約書(労働条件通知書)ベース」へ変更されました。以前は「今後の年収見込みや実績」で判断されていたため、繁忙期の残業で基準を超えると即座に扶養を失うケースがありました。新ルールでは、契約書上の年収が130万円未満であれば、一時的な残業で基準を超えても直ちに扶養を外れません。
通勤手当の取扱いに注意
この「社会保険の壁」に関し、現場で混乱が生じやすいのが交通費の取り扱いです。 106万円の加入判定では通勤手当は賃金に含まれないため、交通費込みで106万円を超えていても所定内賃金が月88,000円未満であれば加入義務は生じません。ところが130万円の扶養認定では交通費を含めて計算するため、同じ感覚で試算すると上限を知らぬうちに超えてしまうことがあります。
2つの壁でルールが異なる点は、特に誤解が起きやすい箇所として従業員への周知を徹底することが重要です。
年収の壁に正しく対応するポイント
各壁の仕組みを正確に理解したうえで、次の4点を優先的に整備することが重要です。
給与計算・年末調整を見直す
税制上の年収の壁が変更されると、毎月の源泉所得税の算出に使用する源泉徴収税額表も改定されます。配偶者控除や扶養控除の適用判定基準も変わるため、旧来の運用をそのまま継続すると所得税の計算や納付に誤りが生じるリスクがあります。
従業員への影響だけでなく、延滞税・加算税といった企業側のペナルティにもつながりかねないため、改正のたびに必ず給与計算・年末調整の運用体制を点検し直しましょう。
年末調整の基本的な流れについては、以下の記事で詳しく解説しています。
「壁」ごとの影響を個別に説明する
年収の壁に関する誤解は、従業員の働き控えを不必要に助長する可能性があります。「壁を超えたら手取りが減って損」というイメージは現在の国の方針とは一致しておらず、そのまま放置すると企業の労働力確保にも影響しかねません。
社会保険の適用が始まる場合は確かに手取りの減少が生じますが、長期的には厚生年金への加入により老後の受給額が増える側面もあります。「短期的な手取り減少」と「長期的な社会保障の充実」をセットで伝えることが、従業員の冷静な判断を促します。
就業調整に頼らない働き方の仕組みをつくる
年収の壁を理由にした労働時間の抑制が常態化すると、企業側では人手不足の深刻化や特定人員への業務集中といった問題が生じやすくなります。短時間正社員制度の導入や、成果・役割に応じた評価体系の見直しなど、従業員が収入増を前向きに検討できる環境を整えることが、長期的な人材活用の観点からも重要です。
勤怠管理システムの運用を見直す
法改正に合わせて機能が自動更新される勤怠管理システムを活用することで、常に最新の制度に基づいた管理が可能になります。人的なミスや情報の取りこぼしを防ぎ、従業員が安心して働ける職場環境の整備にも貢献します。年収の壁は今後も改正が続く見込みであり、都度手動で対応していては担当者の負荷が増す一方です。システム活用による業務効率化は、持続可能な労務管理体制を構築するうえで欠かせない選択肢のひとつです。
勤怠管理システムの種類や選定ポイントについては、以下の記事で詳しく解説しています。
まとめ:税金と社会保険、2つの壁を正しく把握し備える
2026年の「年収の壁」は、単なる「年収いくらまで働けるか」の話ではありません。税金・社会保険・扶養・契約実態が重なって従業員の手取りや企業の社会保険手続きに影響するテーマです。特に2026年は、所得税の壁、社会保険の壁、扶養判定の考え方がそれぞれ動いているため、企業側は「年収の金額だけ」で案内せず、勤務時間や契約見込み額も含めて説明する必要があります。
アマノの勤怠管理システムで「年収の壁」対応を効率化
年収の壁の基準が複雑化すればするほど、従業員一人ひとりの労働状況をリアルタイムで把握する仕組みが欠かせません。
アマノの「TimePro-eX」は、AIの活用と1,000項目を超えるパラメータ設定で複雑な勤務体系に柔軟に対応する次世代型勤怠管理システムです。年収の壁に絡む超過アラートや、社会保険加入判定に必要なデータ集計を自動化し、人事・総務担当者の管理負荷を大幅に軽減します。
法改正への対応に追われる前に、管理の仕組みそのものを見直してみませんか。ぜひ「TimePro-eX」の製品情報ページをご確認ください。
FAQ:よくある質問
Q1. 2026年の「年収の壁」で、企業がまず押さえるべきことは何ですか?
A. 税金の壁と社会保険の壁は別々に考える必要があります。従業員の手取りに直結するため、年収額だけでなく、週の労働時間や契約上の見込み収入も確認して案内するのが基本です。
Q2. 従業員から「結局いくらまで働けばいいのか」と聞かれたら、どう答えるべきですか?
A. 「税金の壁」と「社会保険の壁」は別なので、金額だけではなく勤務時間と契約内容も含めて確認する、と答えるのが適切です。手取りは壁をまたぐかどうかで大きく変わるため、個別確認を促す説明が望ましいです。
Q3. 扶養内で働きたい従業員には、どんな案内が必要ですか?
A. 扶養の判定は、年収だけでなく勤務実態も関係することを伝える必要があります。特にシフト増加や臨時勤務が続く場合は、扶養判定に影響する可能性があるため注意喚起が必要です。
Q4. 企業側の人件費にはどんな影響がありますか?
A. 社会保険加入者が増えると、企業負担分の保険料が増えます。そのため、短期的なシフト増だけでなく、年間の人件費総額を踏まえて採用・配置を考える必要があります。
Q5. 従業員向け説明で、誤解されやすい点はありますか?
A. 「壁を超えると必ず損をする」と単純化しすぎる点です。実際には、手取りが一時的に下がっても、将来の年金や保障が増える場合があるため、短期の損得だけで判断しない説明が必要です。

