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【弁護士が解説】大学教員の裁量労働制―裁量労働制の考え方

公開日時:2022.12.06 / 更新日時:2023.08.29

働き方改革法の施行から4年近く経過し、国公私立の大学においても、教員の労働時間について、いろいろな制度が導入されつつあります。

今回は、人事・労務ほか私立学校からの法律相談や紛争案件を数多く手がける小國 隆輔弁護士に、大学教員の裁量労働制の考え方について解説していただきます。
小國 隆輔 氏

小國 隆輔 氏

弁護士、同志社大学法科大学院客員教授。同志社大学大学院法学研究科私法学専攻(博士前期課程)修了、同志社大学大学院司法研究科法務専攻(専門職学位課程)修了。2008 年弁護士登録。2018 年1 月、大阪市北区に小國法律事務所を開設し、人事・労務を中心に、企業法務・学校法務を手がけている。公職として、学校法人金蘭会学園非常勤監事、寝屋川市空き家等・老朽危険建築物等対策協議会委員、池田市職員分限懲戒等調査委員会委員等。著書として、『実務者のための人事・労務書式集』『Q&A私学のための働き方改革』『新型コロナの学校法務』ほか多数。

HP:弁護士法人 小國法律事務所

専門業務型裁量労働制

国立大学及び公立大学法人が設置する公立大学の教員にも、労働基準法等の労働法令が全面適用されます。多くの国公立大学では、早い段階で、専門業務型裁量労働制(労基法38条の3)が導入されています。これに対して、私立大学では、導入検討中、つまりまだ導入していない大学が多数派と思われます。なお、法人化していない公立大学の教職員には地方公務員法が適用されるので、裁量労働制に関する労基法の規定は適用されません(地方公務員法58条3項)。

この記事では、大学教員の裁量労働制について、労働時間の算定などの基本的な考え方をまとめています。専門業務型裁量労働制の対象者、導入のための手続き、運用時の留意点などは、こちらの記事をご覧ください。

大学教員の裁量労働制の下での労働時間の考え方

まず、裁量労働制を導入すると大学教員の労働時間の算定がどう変わるのか、確認しておきましょう。
裁量労働制を適用される労働者には、残業代(割増賃金)を払わなくてよいという俗説を聞くことがありますが、誤った理解です。むしろ、裁量労働制の運用の仕方によっては、多額の残業代を発生させることもあります。

ポイントは、裁量労働制は、「みなし労働時間」制度であり、労働時間規制が適用除外となる制度ではないということです(労基法38条の3、38条の4)。
みなし労働時間というのは、ある日の実労働時間が何時間であっても、一定の労働時間の労働をしたものとみなす制度です。

具体的な事例で考えてみます。
完全週休2日制の大学で、「大学の教員については、実労働時間にかかわらず、1日8時間労働とみなす」という裁量労働制を導入したとしましょう。
ある教員のある週の労働時間の計算は、次のような取り扱いとなります。

日曜日:0時間労働(休日)→0時間のまま
月曜日:4時間労働→8時間労働とみなす
火曜日:11時間労働→8時間労働とみなす
水曜日:6時間労働→8時間労働とみなす
木曜日:7時間労働→8時間労働とみなす
金曜日:11時間労働→8時間労働とみなす
土曜日:3時間労働→8時間労働とみなす

火曜日と金曜日は11時間の労働をしたのですが、8時間労働とみなされるので、3時間分の時間外労働に対する割増賃金の支払いは不要です。
月曜日・水曜日・木曜日の実労働時間は8時間未満ですが、8時間労働とみなされるので、遅刻・早退・中抜け扱いにはなりません。

気を付けたいのは、土曜日です。

この週の土曜日の実労働時間は3時間ですが、裁量労働制のもとでは、土曜日の労働時間は8時間とみなされます。この結果、この週の労働時間は、8時間×6日=48時間となります。週40時間の法定労働時間を超えるので、土曜日の労働に対して、8時間分の割増賃金の支払いが必要となってしまいます。
極端にいえば、日曜日から土曜日まで毎日10分だけ働けば、その週の労働時間は8時間×7日=56時間となります。8時間の時間外労働と8時間の休日労働が発生したとみなされ、その分の割増賃金支払い義務が生じます。
このほかの留意点として、裁量労働制を適用される者でも、深夜(午後10時〜翌日午前5時)の時間帯に労働をした場合には、深夜労働の割増賃金が発生します。

裁量労働制を導入する際には、土曜日・日曜日を対象外にする、週2日の休日を確実に確保する、深夜労働をさせない、休日出勤の事前承認制を徹底するなど、予想外の人件費増加を招かないようにしたいところです。

裁量労働制の下での労務管理(教授会出席など)

裁量労働制は、業務の遂行手段、時間配分等の決定について、使用者が具体的な指示をしないという働き方です。少しくだけた言い方をすると、いつ来ていつ帰っても、仕事さえしていれば文句を言われない、という制度です。

このことは、労基法38条の3の文言にも表れています。
同条1項1号は、専門業務型裁量労働制の対象となる業務を、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務」に限定しています。
また、同条1項3号は、「対象業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、当該対象業務に従事する労働者に対し使用者が具体的な指示をしないこと」を労使協定に定めなければならないとしています。

もっとも、大学教員の場合、授業の時間や、教授会等の会議の時間には、出勤して業務に従事してもらう必要があります。出退勤時刻を個々の教員の自由に完全に委ねることは、現実的ではありません。
裁量労働制を適用されている教員からは、授業や教授会等のために、特定の時間帯の出勤を義務付けられるのであれば裁量労働制とはいえない、という意見が出ることもあるようです。
業務の遂行手段と時間配分を労働者が決めるという裁量労働制の建前からすると、このような意見も理解できなくはありません。

ただ、授業担当や教授会出席は、大学教授であれば、ほぼ確実にやらなければならない業務です。労基法・労基規則の解釈として、「大学における教授研究の業務」を裁量労働制の対象にしつつ、業務内容に授業や教授会が含まれる教員は対象外だというのは、少々無理があります。

今のところ、この議論について正面から述べた裁判例や通達は見当たらないようです。
人事・労務の実務では、学説を参照することはあまりないのですが、裁判例も通達もない論点なので、定評ある解説書を参照してみましょう。少し古い版ですが、西谷敏ほか編『新基本法コンメンタール 労働基準法・労働契約法』154頁〔藤内和公〕(日本評論社、初版、2012年)では、次のような説明がされています。

(裁量労働制が)適用される労働者に対して、会議開催などのためにコアタイムを設定すること(部分的裁量労働制)も、その程度が裁量労働制の趣旨を損なうほどでなければ許されると解される。2003年に対象業務に大学における教授研究が追加されたことは、そのような理解を前提とする。……〔中略〕……大学教員では授業(準備を含めて)や会議などにつき、その時間の長さが労働時間の半分以下であれば、業務遂行方法および時間配分を指示することが許される。
引用:西谷敏ほか編『新基本法コンメンタール 労働基準法・労働契約法』154頁〔藤内和公〕(日本評論社、初版、2012年)

労働時間の半分までであれば、授業や会議等のために、具体的な日時に出勤を命じてもよいという解釈です。大学の実務では、この考え方に立って労務管理をすれば十分だろうと思います。

なお、大学教員の裁量労働制や、私立学校での労働時間の状況把握については、拙著『Q&A 私学のための働き方改革』(中央経済社、2020年)でも詳しく解説していますので、書籍もご覧いただけると幸いです。

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