小國 隆輔 氏
弁護士、同志社大学法科大学院客員教授。同志社大学大学院法学研究科私法学専攻(博士前期課程)修了、同志社大学大学院司法研究科法務専攻(専門職学位課程)修了。2008 年弁護士登録。2018 年1 月、大阪市北区に小國法律事務所を開設し、人事・労務を中心に、企業法務・学校法務を手がけている。公職として、学校法人金蘭会学園非常勤監事、寝屋川市空き家等・老朽危険建築物等対策協議会委員、池田市職員分限懲戒等調査委員会委員等。著書として、『実務者のための人事・労務書式集』『Q&A私学のための働き方改革』『新型コロナの学校法務』ほか多数。
非常勤講師の契約内容
まず、私立大学の非常勤講師の契約内容を見てみましょう。次のような定め方が、よく見られます。
非常勤講師の契約内容
・契約期間:6か月間又は1年間
・業務内容:大学の授業担当
・労働時間:授業時間に準じる
・休日:担当授業のない日
・賃金:担当授業数に応じた月給制
特徴的なのは、賃金の定め方です。
非常勤講師は、フルタイム勤務の教員(専任教員など)と比べると、アルバイト的な働き方なのですが、時給制ではなく月給制が多数派です。
月給制の大学では、担当する授業のコマ数に応じて、非常勤講師の月給が決まります。月給の額について公的な資料はないのですが、週1時間につき月給1万円~1万5000円程度が相場のようです。実際の契約では、90分の授業を1コマ持つごとに、週2時間の労働とみなして、1コマ当たり2万円~3万円の月給が設定されています。
なお、月給制の場合、夏休みなどの授業がない期間にも、授業がある期間と同じように給与が支払われることが一般的です。
非常勤講師の「労働時間」の考え方
さて、雇用契約を締結して勤務している以上、非常勤講師も労働者ですから、時間外労働をしたときに追加の賃金の支払いが必要かを考えておく必要があります。
大学の非常勤講師は授業時間以外に時間的・場所的拘束を受けることがないのですが、授業準備に使った時間は、時間外労働として追加の賃金支払いの対象になるのでしょうか。『大学非常勤講師の授業時間以外の作業時間(授業準備等)は、法的にどう評価されるか?』という問題です。
検討の前提として、労基法上の「労働時間」の定義を確認しておきましょう。
判例では、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」だと定義されています(最高裁平成12年3月9日判決・民集54巻3号801頁)。大学の非常勤講師であれば、大学の指示で大学の業務に従事していた時間、と言い換えることができます。この定義から、授業時間が労働時間であることは間違いないですし、教授会などの会議への出席を求めた場合には、会議の時間も労働時間に当たるでしょう。
授業時間以外の時間に対する、残業代支払いの要否
では、大学非常勤講師の授業時間以外の作業時間(授業準備等)については、どう考えればよいでしょうか。今のところ定説はないのですが、次のとおり、いくつかの考え方があり得ます。
大学非常勤講師の残業代の考え方
A説:全て残業代の対象となる
B説:授業準備に対する賃金も月給に含まれるので、残業代の支払いは不要
C説:大学から具体的に指示を受けた業務のみ、残業代の対象となる
D説:そもそも授業準備等の時間は、労働時間ではない
A説:全て残業代の対象となる
A説は、わかりやすい考え方です。
非常勤講師の所定労働時間は授業時間に限られるという前提で、授業の準備に使った時間は全て残業代の対象になるというものです。
ただ、大学非常勤講師の給与の時間単価(5,000円を超えることも多い)を考えると、違和感がないわけではありません。基本的に、大学側から非常勤講師に対して「この日この時間に、授業準備をするように」と指示をすることはないので、授業準備に要した時間が全て大学の指揮命令下にあったと考えることは、大学の実態に即しているとは言いがたいでしょう。
B説:授業準備に対する賃金も月給に含まれるので、残業代の支払いは不要
B説は、多くの大学の実務感覚だと思います。
ただ、一般的に、残業代は「時間単価×労働時間」で計算するので、若干の説明が必要です。
前提として、法内超勤(所定労働時間を超えるが、法定労働時間に収まる労働)に対する賃金支払いの有無・金額は、就業規則・給与規程や個別契約で決められることが原則です(昭和23年11月4日付基発第1592号、昭和63年3月14日付基発第150号)。最低賃金法等の強行法規に反しない限り、法令は原則として関知しません。
裁判例においても、1日の所定労働時間を7.25時間とし、7.25時間を超え8時間までの法内超勤に対する残業代を支払わない旨の就業規則は、当然に無効となるとは言えないとしたものがあります(東京高裁平成29年10月18日判決・労働判例1176号18頁)。
この裁判例の論理がどの程度一般化できるか議論の分かれるところですが、労基法の解釈としては、あり得る答えの一つでしょう。
C説:大学から具体的に指示を受けた業務のみ、残業代の対象となる
C説は、労基法上の「労働時間」の定義に則していますし、残業代の対象となる労働時間とそれ以外の時間を明確に区別することができます。
ただ、大学非常勤講師の現実の働き方に合致しているかというと、微妙なところです。多数の非常勤講師に逐一指示を出すことは現実的ではないですし、非常勤講師の方も、授業準備の時間を指定されることに抵抗感を抱くでしょう。
D説:そもそも授業準備等の時間は、労働時間ではない
D説は、非常勤講師が担当する業務は授業だけであり、授業準備は大学が指示をした業務ではない、という考え方です。
たしかに、授業準備をする時間や、どの程度の準備をするか、大学側から具体的に指示をしていないのであれば、授業準備の時間は使用者の指揮命令下にない、という論理はあり得るのかもしれません。ただ、何の準備もせずに授業をしてもいいというわけではないでしょうから、ここまで言い切ることには躊躇があります。
残業代について大学側が法的リスクを回避するには
ということで、A説~D説はどの説もそれなりに根拠があるのですが、いずれも一長一短あり決定打に欠けるところです。
なお、前述のD説(そもそも、授業準備等の時間は、労働時間ではない)のように、授業準備時間は労働時間ではないと言い切ることができれば、労働時間の状況把握義務の対象外といえるのですが、法的リスクのある対応であることは否めません。
大学の人事・労務の実務としては、確実な正解がないことを前提に、できるだけ法的リスクを減らす方法を探すほかありません。
例えば、次のような対策を検討されてもよいと思います。
<対応例>
・月給を2つに区分して、授業時間に対する賃金額と、授業以外の作業(授業準備等)に対する賃金額を、就業規則、契約書、給与明細に明示する。
・合わせて、就業規則と契約書では、授業以外の作業として何時間の労働を求めるのか明示し、その時間内に作業を終わらせなければならないと定める。
このように定めることで、「授業準備に要した時間は時間外労働ではない」と説明することができるかもしれません。
まとめ:労働時間の状況の把握義務
ここまで大学非常勤講師の残業代について考えてきましたが、実務的には、労働時間の状況把握の議論も、避けて通ることはできません。
ご存じのとおり、2019年4月1日施行(中小企業は2020年4月1日施行)の働き方改革法により、私立大学の設置者にも、原則として全労働者の労働時間の状況を把握する義務が課せられました(労働安全衛生法66条の8の3、労働安全衛生規則52条の7の3)。
労働時間の状況を把握する方法は、
①タイムカードによる打刻やパソコンの使用時間等、機械によって記録する方法と、②事業者が現認する方法が原則とされており、③労働者の自己申告による方法は、一定の要件を満たした場合に限って認められる例外的な方法です(平成30年12月28日付基発1228第16号)。
大学の非常勤講師も、雇用契約を締結していれば労働者ですから、使用者である大学側が労働時間の状況を把握しなければなりません。
授業時間は実際に大学に出勤して授業をしているわけですから、その時間を把握することは容易です。しかし、非常勤講師は、授業準備等を大学内で行っているとは限らず、自宅や本務校など、学外で授業準備をしていることも珍しくありません。
非常勤講師の授業準備の時間は労働時間だと考えた場合、学外で作業をした時間をどうやって把握すればよいのか、悩ましいところです。リモートワークに対応した勤怠管理のシステムを導入するか、自己申告の方法によるほかないでしょう。
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