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【弁護士が解説】定年退職者への“同一労働・同一賃金”の適用について ― 名古屋自動車学校事件

公開日時:2023.09.01

本稿では人事・労務ほか法律相談や紛争案件を数多く手がける小國 隆輔弁護士に、同一労働・同一賃金について裁判例と共に解説いただきます。          自動車学校を定年退職した後、有期労働契約で再雇用されていた従業員が、再雇用後の労働条件は“同一労働・同一賃金”に反するとして会社を訴えた裁判で、令和5年7月20日に、最高裁の判決(以下、「本判決」といいます。)が言い渡されました。最高裁が基本給について初めて判断をしたということで、注目されています。 いわゆる“同一労働・同一賃金”は、平成25年4月1日施行の労働契約法改正で導入されたルールで、現在は 短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下、「パート有期法」といいます。)8条に定められています。非常に抽象的でわかりにくいルールであるため、人事・労務の担当者を悩ませる論点の一つです。 本稿では、定年退職後に有期労働契約で再雇用されている従業員の労働条件と、“同一労働・同一賃金”の関係を整理します。
小國 隆輔 氏

小國 隆輔 氏

弁護士、同志社大学法科大学院客員教授。同志社大学大学院法学研究科私法学専攻(博士前期課程)修了、同志社大学大学院司法研究科法務専攻(専門職学位課程)修了。2008 年弁護士登録。2018 年1 月、大阪市北区に小國法律事務所を開設し、人事・労務を中心に、企業法務・学校法務を手がけている。公職として、学校法人金蘭会学園非常勤監事、寝屋川市空き家等・老朽危険建築物等対策協議会委員、池田市職員分限懲戒等調査委員会委員等。著書として、『実務者のための人事・労務書式集』『Q&A私学のための働き方改革』『新型コロナの学校法務』ほか多数。

HP:弁護士法人 小國法律事務所

パート有期法8条(旧労働契約法20条)の定め

現在、“同一労働・同一賃金”は、パート有期法8条に定められています。働き方改革関連法による法改正の前は、労働契約法20条に、同趣旨の条文が置かれていました。現在の条文の内容を確認しておきましょう。

(不合理な待遇の禁止)
第8条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

長文でわかりにくい条文ですが、ポイントを整理すると次のとおりです。

  • この条文が規制しようとしているのは、いわゆる非正規雇用の労働者(短時間・有期雇用労働者)の労働条件である
  • 非正規雇用の労働者(短時間・有期雇用労働者)の労働条件を、通常の労働者(多くの場合、正社員・正職員)の労働条件と比較したときに、不合理と認められるほどの相違があってはならない
  • 比較する際は、業務の内容、責任の程度、業務・配置等の変更の範囲、その他の事情を考慮する

じつは、パート有期法8条は、非正規雇用の労働者(短時間・有期雇用労働者)の労働条件を 正規雇用の労働者(正社員・正職員)と同一にすることを求めていません。労働条件に相違があること自体は許容されているので、厳密にいえば、“同一労働・同一賃金”を定めたものではないということです。しかし、“同一労働・同一賃金”という呼び方が広く通用しているため、本稿でも“同一労働・同一賃金”と表記します。

従来の最高裁判決

“同一労働・同一賃金”については、住宅手当、皆勤手当、通勤手当などの諸手当の不支給が問題となった事案で、最初の最高裁判決(ハマキョウレックス事件:最高裁平成30年6月1日判決・民集72巻2号88頁)が公表されています。
この判決によって、正社員に支給されている諸手当を非正社員に支給しないことが不合理と認められるか否かは、次の枠組みで判断することが明らかにされました。

  • その手当を支給する趣旨・目的を明らかにする
  • 明らかになった趣旨・目的が、正社員(正職員)と非正社員(有期雇用労働者)の双方に妥当するものであれば、非正社員(有期雇用労働者)のみ不支給とすることは、不合理な労働条件の相違と認められる
  • 不合理と認められた場合、使用者は、正社員(正職員)との差額相当額の損害賠償をしなければならない

例えば、正社員も非正社員も会社への通勤が必要なのであれば、正社員に支給している通勤手当を非正社員に支給しないことは、特段の事情がない限り、不合理な労働条件の相違だと判断されます。

また、同日付けの別の最高裁判決(長澤運輸事件:最高裁平成30年6月1日判決・民集72巻2号202頁)は、定年退職後の再雇用者の場合、最初から非正規雇用だったのではなく、正社員として定年まで勤務した後有期労働契約を締結したという経緯を「その他の事情」として重視しています。この判決によって、定年退職後再雇用者の労働条件が不合理と判断される範囲は、非常に狭くなったと考えられています。

本判決の第一審判決と控訴審判決

さて、本件の第一審判決と控訴審判決によると、本件の事案の概要は、次のとおりです。

  • 原告(2名)は、自動車学校で正職員として定年まで勤務した後、有期労働契約を締結して、嘱託職員として勤務している
  • 原告らの職務は教習指導員であり、役職を外れたこと以外には、定年退職の前後で職務に変化はなかった
  • 原告らの定年退職時の基本給は、17万円弱~18万円余りだったが、嘱託職員になってからの基本給は、7万円余り~8万円余りになった
  • 嘱託職員には、賞与に代えて「嘱託職員一時金」が支給されるが、正職員の賞与と比べると少額である
  • 嘱託職員の給与水準は、団体交渉等の労使交渉の結果が反映されたものではない

第一審判決と控訴審判決は、原告らの基本給がもともと低水準であったこと、嘱託職員としての基本給が若年層の正職員の基本給を下回ることなどを指摘したうえで、「労働者の生活保障という観点も踏まえ、嘱託職員の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる」と判断しました。さらに、嘱託職員一時金についても、定年退職時の60%の基本給をもとに計算した金額を下回る限度で、不合理と認められるものに当たると判断しました。

定年退職時の60%という数字を示したことで、第一審判決と控訴審判決は大きく報道されました。著名な労働法の研究者がこの判断に肯定的なコメントを出したこともあり、人事・労務の実務では、「定年退職時の60%」という数字が独り歩きする状況が見られました。

しかし、第一審判決と控訴審判決では、50%でも70%でもなく、なぜ60%を基準とするのか、具体的な根拠は説明されていません。加えて、労働契約法20条(現在のパート有期法8条)は、同時期に勤務している正社員(正職員)の労働条件と比較して不合理かどうかを問う条文なのに、第一審判決と控訴審判決は、過去の自分の労働条件と比較して不合理かどうかを判断するという、論理的誤りも犯していました。

この控訴審判決に対する上告審の判決が、本判決です。
なお、第一審と控訴審では、精皆勤手当、家族手当などの諸手当についても争われていましたが、最高裁で争点とならなかったため、本稿では割愛します。

本判決の概要

本判決は、控訴審判決を取り消して、本件の審理を名古屋高裁へ差し戻しました。要するに、高裁に対して、審理のやり直しを命じたということです。

本判決は、まず、基本給の相違が不合理と認められるか否かを判断するには、諸手当等と同様に、基本給の性質や基本給を支給する目的を踏まえて、労働契約法20条(現在のパート有期法8条)所定の諸事情を考慮することが必要であるとしました。

本件においては、正社員(正職員)の基本給は、勤続年数に応じて額が定められる「勤続給」、職務の内容に応じて額が定められる「職務給」、職務遂行能力に応じて額が定められる「職能給」のように、様々な性質を有する可能性があるのに、第一審判決と控訴審判決は、正社員(正職員)の基本給と嘱託職員の基本給がどのような性質を持ち、どのような支給目的なのか、十分に検討していませんでした。この点は、正社員(正職員)の賞与と、嘱託職員一時金についても同様です。

本判決は、以上のほかに、労使交渉の具体的な経緯を勘案していないこと等を指摘して、基本給、賞与及び嘱託職員一時金の性質や支給目的について審理を尽くさせるべく、本件の審理を名古屋高裁へ差し戻しました。

本判決の内容をごく簡単にまとめると、控訴審判決が、基本給・賞与・嘱託職員一時金の性質や支給目的など、考慮すべき事項をきちんと考慮していなかったので、審理のやり直しを命じたというものです。

今後、名古屋高裁で控訴審の審理が再開されるので、差し戻し後の控訴審がどのような判決を下すのか、注目したいところです。

なお、本判決の全文は、裁判所のウェブサイトで確認することができます(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/208/092208_hanrei.pdf)。

まとめ:人事・労務の実務への影響

本件の第一審判決と控訴審判決は、定年退職後再雇用の労務管理に大きな影響を及ぼしかねない内容でした。定年退職時の基本給の60%を支払っておけば適法だと理解する経営者もいたでしょうし、労働組合等から、60%以上にしなければ違法だと主張されることもありました。

私見ですが、第一審判決と控訴審判決は、定年退職後の再雇用とはいえ、もともと低水準だった基本給をさらに引き下げることに警鐘を鳴らした判決と見るべきものでした。同じ60%といっても、定年退職時の基本給が80万円の人と18万円の人では、生活に与えるインパクトは異なります。60%という数字が独り歩きすることで人事・労務の実務に悪影響を生じるおそれがあったことから、本判決が高裁に審理のやり直しを命じたことは、妥当な判断といえるでしょう。

本判決は、基本給について、年功序列的な性質だけでなく、勤続年数に応じて定まる勤続給、職務の内容に応じて定まる職務給、職務遂行能力に応じて定まる職能給など、様々な性質を持ちうることを示唆しています。

今後、各企業において、定年退職後再雇用の基本給を決める際には、どの性質を重視するのか意識することが重要です。例えば、職務給の性質を重視するのであれば、担当職務に応じて基本給を変えることとなりますし、職能給を重視するのであれば、人事評価の結果や社内資格の有無等によって基本給を決めることとなるでしょう。

なお、定年退職後に担当する職務、職務に伴う責任の程度、職務の変更や人事異動の範囲が正社員(正職員)と実質的に異ならない場合には、本稿で検討したパート有期法8条ではなく、同法9条が適用される可能性があります。9条が適用されると、正社員(正職員)と同じ賃金体系を適用しなければならなくなるため、定年退職後再雇用の際には、職務を軽減する、異動の範囲を限定するなどの工夫をしておくことが適切です。

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