大津 章敬 氏
社会保険労務士
社会保険労務士法人名南経営 代表社員/株式会社名南経営コンサルティング 取締役
従業員と企業の双方が「この会社で良かった」と思える環境を実現する人事労務コンサルタント。企業の人事制度整備・就業規則策定など人事労務環境整備が専門。中でも社会保険労務士としての労働関係法令の知識を活かし、労働時間制度など最適な制度設計を実施した上で、それを前提とした人事制度の設計を得意とする。「中小企業の「人事評価・賃金制度」つくり方・見直し方」(日本実業出版社)など18冊の著書を持つ。
はじめに
数年前より進められてきた働き方改革ですが、いよいよ今年4月から働き方改革関連法の施行が始まります。今春においては、時間外労働の上限規制や年次有給休暇の取得義務化など、労働時間関係の改正が中心となります。施行を控え、既に多くの企業でその対策が進められているのではないかと思いますが、その1年後(2020年4月1日。中小企業は2021年4月1日)には同一労働同一賃金という働き方改革のもう一つの大テーマへの対応が控えています。そこで今回は、今後の実務に大きな影響を与えることになるであろう同一労働同一賃金ガイドラインのポイントについて取り上げます。
同一労働同一賃金を取り巻く状況
話題の同一労働同一賃金ですが、この問題に関しては現在、2つの軸でその議論が進んでいます。まずは裁判。2018年6月1日にハマキョウレックス事件、長澤運輸事件という労働契約法20条に関する初の最高裁判決が言い渡され、ハマキョウレックス事件では、契約社員(有期雇用労働者)と正社員との間の不合理な労働条件の差について、長澤運輸事件では、継続雇用時の労働条件の引き下げに関する判断が示されました。この労働契約法20条に関しては、2018年12月13日に日本郵便事件の高裁判決が言い渡されるなど、他にも多くの裁判が行われていることから、それらの判決により、徐々にこの問題に関する対応の相場感が形成されてくることになるでしょう。
そしてもう一つの流れが法改正とガイドラインの整備です。今回の働き方改革関連法の中で、パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法が改正され、2020年4月1日に施行されます(※)。また、この改正法の施行に先立ち、2018年12月28日に同一労働同一賃金ガイドライン(短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針。以下「ガイドライン」という)が公表されました。
同一労働同一賃金ガイドラインの内容
このガイドラインは、通常の労働者(いわゆる正社員)と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者(いわゆる非正規従業員)との間に待遇の相違が存在する場合に、いかなる待遇の相違が不合理と認められるものであり、いかなる待遇の相違が不合理と認められるものでないのか等の原則となる考え方および具体例を示したものです。ガイドラインですので、この内容に反した場合、直ちに違法となるというものではありませんが、今後の裁判などにも一定の影響を与えると予想されますので、実務としてはこの内容を意識しながら自社としての対応を検討することになるでしょう。
それでは本ガイドラインで述べられている短時間・有期雇用労働者の待遇に関する原則的な考え方のうち、主要なものについて見ていくことにしましょう。
①基本給
- 基本給が、労働者の能力又は経験に応じて支払うもの、業績又は経験に応じて支払うもの、勤続年数に応じて支払うものなど、その趣旨・性格が様々である現実を認めた上で、それぞれの趣旨・性格に照らして、実態に違いがなければ同一の、違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならない。
- 昇給であって、労働者の勤続による能力の向上に応じて行うものについては、同一の能力の向上には同一の、違いがあれば違いに応じた昇給を行わなければならない。
②賞与
- ボーナス(賞与)であって、会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給するものについては、同一の貢献には同一の、違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならない。
③各種手当
- 役職手当であって、役職の内容に対して支給するものについては、同一の内容の役職には同一の、違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならない。
- 業務の危険度又は作業環境に応じて支給される特殊作業手当、交替制勤務などに応じて支給される特殊勤務手当、業務の内容が同一の場合の精皆勤手当、正社員の所定労働時間を超えて同一の時間外労働を行った場合に支給される時間外労働手当の割増率、深夜・休日労働を行った場合に支給される深夜・休日労働手当の割増率、通勤手当・出張旅費、労働時間の途中に食事のための休憩時間がある際の食事手当、同一の支給要件を満たす場合の単身赴任手当、特定の地域で働く労働者に対する補償として支給する地域手当等については、同一の支給を行わなければならない。
④福利厚生・教育訓練
- 食堂、休憩室、更衣室といった福利厚生施設の利用、転勤の有無等の要件が同一の場合の転勤者用社宅、慶弔休暇、健康診断に伴う勤務免除・有給保障については、同一の利用・付与を行わなければならない。
- 病気休職については、無期雇用の短時間労働者には正社員と同一の、有期雇用労働者にも労働契約が終了するまでの期間を踏まえて同一の付与を行わなければならない。
- 法定外の有給休暇その他の休暇であって、勤続期間に応じて認めているものについては、同一の勤続期間であれば同一の付与を行わなければならない。
- 教育訓練であって、現在の職務に必要な技能・知識を習得するために実施するものについては、同一の職務内容であれば同一の、違いがあれば違いに応じた実施を行わなければならない。
このように賃金だけではく、福利厚生など処遇全体に関する原則が示されています。また本ガイドラインに記載がない退職手当、住宅手当、家族手当等の待遇や、具体例に該当しない場合についても、不合理な待遇差の解消等が求められるとされています。ガイドラインについては以下で見ることができますので、まずはその内容を確認することをお勧めします。
短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する 指針(平成30年厚生労働省告示第430号)
https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000469932.pdf
今後求められる対応
以上のガイドラインの内容を見るだけでも、同一労働同一賃金の問題は、非常に負担感が大きいということが分かるのではないでしょうか。それだけに今後、改正法の施行に向け、その対応を着実に進める必要があります。
具体的な対応策としては、自社の非正規従業員(定年後継続雇用者を含む)について、その区分ごとに、賃金や福利厚生などの待遇について、正社員と取扱いの違いを比較表としてまとめ、その待遇に違いがある場合、その待遇の違いが、働き方や役割などの違いに見合った、「不合理ではない」ものと言えるかを確認しましょう。ここでは待遇の違いが「不合理ではない」と説明できるように整理していくことになります。
まずはここまでの対応を早めに行っておくことが重要です。これらの検討の結果、不合理な待遇の違いが存在するのであれば、今後、その見直しを検討していくことになります。
まとめ
今回は、昨年末に公表された同一労働同一賃金ガイドラインのポイントとその対応について取り上げました。その内容は非常に厳しいものであり、多くの企業がその対応に苦慮することは避けられないでしょう。今後、大企業を中心に対応が進められ、また多くの裁判例も出てくることが予想されます。そうした社会の動きも見ながら、自社としての対応を行っていくことが求められます。