本記事では、改正の内容と、企業に与える影響について解説します。
雇用保険法等の一部を改正する法律の概要
今回の改正は、多様な働き方を効果的に支える雇用のセーフティネットの構築、「人への投資」の強化を主な目的としています。そのための施策として、以下4つの分野が大きく見直されます。
- 雇用保険の適用拡大
- 教育訓練やリ・スキリング支援の充実
- 育児休業給付に係る安定的な財政運営の確保
- その他の雇用保険制度の見直し
本記事では、これらの改正点についての詳細を解説していきます。改正の概要を簡潔に把握したい方は、以下の記事もご参照ください。
2025年4月以降、自己都合退職が増加?
今回の改正で企業の人事・労務担当者に大きな影響を与えるものに、2025年4月から施行される「失業給付(基本手当)の給付制限期間の見直し」があります。従来は、自己都合で退職した場合は2カ月の給付制限期間がありました。しかし新制度では、給付制限期間が1カ月に短縮されます。
さらに、自己都合による退職者が、離職期間中や離職日前1年以内に、雇用の安定・就職の促進に必要な職業に関する教育訓練を自ら受けた場合には、給付制限期間は解除されます。
これまでは、2カ月の給付制限期間があるため、安易に自己都合退職することが困難でした。しかし、今回の給付制限期間の緩和により、労働者の自己都合退職が増加することが予想されます。自己都合退職者が増えることは、企業にとっては「人材の定着」という面から見れば明らかなリスクとなります。そのため、5年間で3回以上の自己都合離職をした場合には、給付制限期間を3カ月とする規定も同時に設けられています。
改正雇用保険法で具体的に何が変わる?
自己都合退職者にかかわる改正以外にも、企業が押さえておくべき改正ポイントは複数あります。
2028年10月施行:雇用保険の適用対象が拡大
今回の改正で企業経営に大きな影響を与えるのが、雇用保険の適用拡大です。雇用保険は社会保険のひとつであり、雇用主が従業員に必ず加入させなければならない国の保険制度です。従業員が失業した場合や、育児・介護などによる休業を取得した場合に、国から給付金が支給されます。
改正後は、雇用保険の適用対象となる労働者の基準が変わります。それに伴い、被保険者期間(雇用保険の基本手当の受給資格を判定するために使用される期間)の算定基準と、失業認定基準も見直されます。
改正前 | 改正後(2028年10月以降) | |
雇用保険の適用対象となる労働者 | 週の所定労働時間が20時間以上の労働者 | 週の所定労働時間が10時間以上の労働者 |
被保険者期間の算定基準 | 賃金の支払の基礎となった日数が11日以上、または、賃金の支払の基礎となった労働時間数が80時間以上ある場合を1カ月とカウント | 賃金の支払の基礎となった日数が6日以上、または、賃金の支払の基礎となった労働時間数が40時間以上ある場合を1月とカウント |
失業認定基準 | 1日の労働時間が4時間未満の場合は失業日と認定 | 1日の労働時間が2時間未満の場合は失業日と認定 |
総務省の労働力調査によると、2023年時点で1週間の就業時間が20時間未満の雇用者数は全国で約734万人いますが、そのうち506万人が週10時間以上の雇用者です。週20時間未満の雇用者数は年々増加しているため、施行日時点で新たに500万人以上が新たに被保険者になることが予想されます。
2024年10月施行:教育訓練給付制度の見直し
2024年10月から、教育訓練給付金の給付率の上限が引き上げられます。教育訓練給付制度では、厚生労働大臣が指定する教育訓練を修了した際に、受講費用の一部の支給を受けることができます。教育訓練給付金には、そのレベルに応じて「専門実践教育訓練給付金」と「特定一般教育訓練給付金」があります。それぞれの改正前後の変更点は以下のとおりです。
1.専門実践教育訓練給付金
給付内容 | 改正前 | 改正後(2024年10月以降) |
本体給付 | 受講費用の50% | 受講費用の50% |
資格取得時の追加給付 | 受講費用の20% | 受講費用の20% |
受講後の賃金上昇時の追加給付 | なし | 受講費用の10% |
最大給付率 | 受講費用の70% | 受講費用の80% |
2.特定一般教育訓練給付金
給付内容 | 改正前 | 改正後(2024年10月以降) |
本体給付 | 受講費用の40% | 受講費用の40% |
資格取得時の追加給付 | なし | 受講費用の10% |
最大給付率 | 受講費用の40% | 受講費用の50% |
また、雇用保険被保険者が教育訓練を受けるための休暇を取得した場合に、基本手当に相当する給付として、賃金の一定割合を支給する教育訓練休暇給付金が新たに設けられます。教育訓練休暇給付金の支給要件は、以下となっています。
- 教育訓練のための休暇(無給)を取得すること
- 被保険者期間が5年以上あること
給付額については、離職した場合に支給される基本手当の額と変わりません。給付日数は、被保険者期間に応じて90日、120日、150日のいずれかとなります。
2025年4月施行:育児休業給付金の拡充
2025年4月から、両親ともに育児休業を取得した場合に支給する「出生後休業支援給付金制度」が始まります。同制度により、一定期間、休業開始前の賃金の13%が上乗せして給付され、育児休業給付金と合わせて給付率が80%になる見込みです。
また、2歳未満の子を養育するために時短勤務をしている場合は、新たに創設される「育児時短就業給付金制度」が適用されます。これにより、時短勤務中に支払われた賃金額の10%が支給されることになります。
今後、育児休業給付の支給額が増大することから、国は安定した財源確保に向けて動いています。まず、今年は国庫負担割合を1/80から1/8へと大幅に引き上げました。また当面の間、保険料率(保険金額に対する保険料の割合)を現行の0.4%に据え置く一方で、将来の保険財政悪化に備えた対策も講じています。具体的には、2025年4月から同保険料率を0.5%に引き上げる改正を行いました。ただし、実際の料率は保険財政の状況に応じて柔軟に調整される仕組みを導入するとしています。
これらは企業に直接影響を与えるものではありませんが、雇用保険料率は今後引き上げられていくことが予想されます。
その他雇用保険制度の見直し
そのほかの雇用保険制度の見直しについても簡単に解説します。
まず、2025年4月から就業手当が廃止されます。また、就業促進定着手当の上限が、支給残日数の40%相当額(再就職手当として支給残日数の70%が支給された場合は30%相当額)から20%に引き下げられます。
現行の就業促進手当の2022年度の受給者数を見ると、就業手当が3,486人、再就職手当が35万9,734人、就業促進定着手当が9万2,546人で、廃止が予定されている就業手当の受給者数は比較的少ないことがわかります。
ほかには、2024年度末までとされていた以下の暫定措置が、2年間(2026年度末まで)延長されます。
- 教育訓練支援給付金(初めて専門実践教育訓練を受講し、修了する見込みのある45才未満の離職者に対して、訓練期間中の生活費を支援するために給付される)の支給
- 雇い止めによる離職者の基本手当の給付日数に係る特例(給付日数の上限を330日へ引き上げ)
- 地域延長給付(雇用機会が不足する地域における給付日数の延長)
まとめ
今回の雇用保険法改正の背景には、労働環境や産業構造の変化があります。今までは労働需要よりも労働供給量のほうが大きく、雇用保険には安定的な雇用確保や失業リスクに備えるためのセーフティネットという側面が強くありました。しかし、少子高齢化が進むにつれて、いまや労働需要のほうが労働供給量を上回るようになりました。雇用保険は労働市場の活性化・最適化を行うためのセーフティネットである側面が強くなっています。
また近年では、生活様式や働き方の変化により働き方改革が進んでおり、雇用保険法だけでなく、社会保険法でも大きな改正が行われています。働き方という点では、雇用以外のフリーランスという働き方にも焦点が当てられ、フリーランス新法が2024年11月に施行されます。今後ますますこれらの法律の垣根は取り払われ、一体的な運用になっていくと考えられます。