

井上 敬裕 氏
中小企業診断士・社会保険労務士
青果加工場の工場長を約9年間務めた後、40歳の時に中小企業診断士として独立。販路開拓支援、事業計画作成支援、6次産業化支援、創業支援などを行う。
平成27年社会保険労務士として開業し、現在は社会保険労務士として給与計算を中心に労務関連業務を行っている。
社会保険労務士法人アスラク 代表社員
https://sr-asuraku.or.jp/about/
「同一労働同一賃金」整備のための法案とは?
「同一労働同一賃金」整備のための法案は、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保を目的とし、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第71号)」として2020年4月1日に施行されました。その内容は、
- 不合理な待遇差を解消するための規定の整備
- 労働者に対する待遇に関する説明義務の強化
- 行政による履行確保措置及び裁判外紛争解決手続(行政ADR)の整備
の3つで構成されています。具体的には「不合理な待遇差を解消するための規定の整備」として以下3点が義務化されています。
- 有期雇用労働者については、正規雇用労働者と職務内容、職務内容・配置の変更範囲が同一である場合の均等待遇の確保を義務化します。
- 派遣労働者については、派遣先の労働者との均等・均衡待遇、一定の要件(同種業務の一般の労働者の平均的な賃金と同等以上の賃金であることなど)を満たす労使協定による待遇のいずれかの確保を義務化します。
- 短時間労働者・有期雇用労働者・派遣労働者については、正規雇用労働者との待遇差の内容・理由などに関する説明を義務化します。
また、この法律で定めた規定を具現化するために、パートタイム労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)が改正されました。パートタイム労働法の対象となる労働者に有期雇用労働者も含めることになり、パートタイム・有期雇用労働法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)として施行されています。
働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律には、この法律の施行後5年をめどにして、改正後の各法律を見直す趣旨が定められています。この規定に基づき、パートタイム・有期雇用労働法を含む関連法律の見直しが行われる可能性があります。
パートタイム・有期雇用労働法とは?
パートタイム・有期雇用労働法は、パート・アルバイト・契約社員として働く人の環境を改善するための法律です。正社員とパートタイム労働者、有期雇用労働者との不合理な待遇差の禁止、不合理な待遇差があった場合の事業主の説明義務、行政の指導や労使の紛争解決の方法などを定めています。
この法律を正しく理解するために必要な待遇差の根拠となる職務の内容や配置の変更の範囲が同じかどうかについての判断基準が最初に記されています。不合理な待遇の禁止のなかでも特に重要な賃金に関する待遇禁止については「同一労働同一賃金ガイドライン」が定められています。
パートタイム・有期雇用労働法のポイント一覧
項目 | 内容 |
法律の目的 | ・非正規雇用労働者と正社員との不合理な待遇差の禁止 ・雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保 |
対象となる労働者 | ・パートタイム労働者(短時間労働者) ・有期雇用労働者(契約社員など) |
事業主の主な義務 | ・均等待遇の確保(同一職務・配置の場合) ・均衡待遇の確保(職務内容などに応じた待遇) ・待遇差の内容・理由の説明義務 ・ガイドラインに基づく適正な待遇設計 |
対象となる待遇項目 | ・基本給、賞与、手当(役職手当、通勤手当など) ・福利厚生(食堂、休憩室、更衣室の利用など) ・教育訓練(業務遂行に必要な能力を付与するもの) ・その他の待遇(安全管理など) |
「職務の内容と配置の変更の範囲が同じ」かどうかの判断の基準
待遇差が合理的か不合理的かは「職務の内容が同じ」か、次に「職務の内容・配置の変更の範囲(人材活用の仕組みや運用など)が同じ」かで判断されます。同じであれば、待遇差別は不合理ということになります。
まず「職務の内容が同じ」かを判断します。職務の内容とは、業務の内容および当該業務に伴う責任の程度をいいます。職種を比較し、職種が同じであれば従事している業務のうち中核的業務で比較します。中核的業務が同じであれば、業務に対する責任の程度を比較し、責任の程度が同じなら職務の内容は同じと判断されます。
職務の内容が同じと判断されたら、次に「職務の内容・配置の変更の範囲(人材活用の仕組みや運用など)が同じ」かを判断します。これを判断する際の具体的な手順は以下のようになります。
- まず転勤の有無を比較します。
- 転勤が有る場合は、転勤の範囲を比較します。
- 転勤の有無と範囲が同じであれば、次に職務内容・配置の変更の有無を比較します。
これらがすべて同じであれば、職務の内容・配置の変更の範囲は同じと判断されます。
同一労働同一賃金ガイドラインの概要
同一労働同一賃金ガイドラインでは、正社員(無期雇用フルタイム労働者)と非正規社員(パートタイム労働者・有期雇用労働者・派遣労働者)との間の賃金の待遇差について規定しています。このガイドラインは、どのような待遇差が不合理であり、どのような待遇差が不合理でないのかについて、原則となる考え方と具体例を示しています。
考え方の原則として、正社員とパートタイム労働者・有期雇用労働者の賃金の決定基準・ルールに違いがある場合、単に「将来の役割期待が異なるため」という主観的・抽象的な説明では不十分です。その違いは、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情の客観的・具体的な実態に基づいて判断され、不合理なものであってはならないとされています。
基本給を労働者の能力または経験、業績または成果、勤続年数に応じて支給する場合、各部分が同一であれば同一の支給が、違いがある場合にはその相違に応じた支給が求められます。労働者の役職の内容に対して支給する役職手当等は、正社員と同一の役職に就くパートタイム労働者・有期雇用労働者には、同一の支給をしなければなりません。役職の内容に一定の違いがある場合は、 その相違に応じた支給が必要です。また、通勤手当などについても同一の支給が求められます。
会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給する賞与については、正社員と同一の貢献であるパートタイム労働者・有期雇用 労働者には同一の支給が必要です。貢献に一定の違いがある場合は、その相違に応じた支給をしなければなりません。
同一労働同一賃金ガイドラインの要点比較
待遇項目 | 同一の場合 | 違いがある場合 |
基本給 (能力、経験、成果、勤続年数に応じて) | 同一の支給 | ・能力、経験等の違いに応じた支給 ・将来の役割期待のみによる差は不可 ・相違に応じた合理的な支給が必要 |
賞与 (会社業績などへの貢献) | 同一の支給 | ・会社への貢献度の違いに応じた支給 ・貢献度を適切に評価した支給が必要 |
役職手当 (役職の内容に対して) | 同一の支給 | ・役職の内容、責任範囲の違いに応じた支給 ・役職に伴う責任の程度に比例した支給 |
通勤手当等 (実費補填的な手当) | 同一の支給 (差を設けることは基本的に不合理) | 同一の支給 (差を設けることは基本的に不合理) |
福利厚生施設 (食堂、休憩室、更衣室など) | 同一の利用機会の付与 (差を設けることは基本的に不合理) | 同一の利用機会の付与 (差を設けることは基本的に不合理) |
教育訓練 (業務遂行に必要な能力) | 同一の実施 | ・職務内容、配置の変更範囲の違いに応じた教育訓練を実施する必要がある |
パートタイム・有期雇用労働法の見直しと今後の動き
政府は見直しを行うにあたって、「同一労働同一賃金」については、その履行確保に向けた取り組みをいっそう強力に推進する姿勢です。また、「同一労働同一賃金ガイドライン」を含めたパートタイム・有期雇用労働法の施行後の状況に関する調査結果を踏まえ、必要な見直しを検討するとしています。非正規雇用労働者の待遇改善に関する取り組み状況について、情報開示している企業の事例を収集、整理して好事例として横展開するなど、企業の取り組みの促進策を検討しています。
パートタイム・有期雇用労働法の見直しに加えて、政府は非正規雇用労働者の処遇改善に向けた取り組みをさらに推進していく方針です。具体的には、「同一労働同一賃金」の履行確保に向けた取り組みを強力に進めるとともに、男女間賃金格差の是正、仕事と家庭の両立支援など、多角的な側面から非正規雇用労働者の待遇改善を支援していきます。これらの政策を通じて、より公正で働きがいのある社会の実現を目指します。