今回は、給与計算の「見落としがちなポイント」について、その具体例と起こりうる問題、そしてその対策について解説いたします。
田中 敬子 氏
社会保険労務士clarity共同代表 特定社会保険労務士
大学卒業後、日本・外資系企業にて営業、人材紹介会社でのキャリアアドバイザーに従事。
2018年より社会保険労務士事務所に勤務。
東京都内労働基準監督署において相談員も経験し、現在に至る。
就業規則、労務管理全般、外国人雇用等に関するご相談や給与計算、安全衛生委員会におけるアドバイス、助成金や補助金のご提案等に従事。
1. 1時間当たりの単価計算誤りによる未払い賃金(月平均所定労働時間数の誤り)
月給制の方の、1時間当たりの給与単価を計算する際、月平均所定労働時間で割る方法を採用している会社は多いと思います。皆様の会社では、毎年1回、その年の労働日数や祝日、会社休日を反映して正しく計算されていますでしょうか。
1時間あたりの給与単価は、欠勤控除の計算や割増賃金の基礎となる単価計算において必要になりますので、この月平均所定労働時間数を正しく算出することは大変重要です。
<月平均所定労働時間>
(365日(366日)-会社の所定休日)×1日の所定労働時間÷12か月
うるう年や、ゴールデンウイーク、シルバーウィークの祝日日数等によって、月平均所定労働時間は毎年異なります。東京オリンピック開催時には、祝日が増えたことにより、年の途中から月平均所定労働時間を算出しなおした企業も多くありました。
起こり得る問題
月平均所定労働時間数を正しく計算していない場合、1時間当たりの単価計算の誤りが生じ、賃金に過不足が生じてしまいます。長年、変わらず同じ月平均所定労働時間を使用し、一度も変更したことがないという会社もあります。長年の慣習を踏襲して給与計算が行われている場合は、意図せずとも未払い賃金が発生していることもあり得ます。
対策
会社の労働日と所定休日を明確にした年間カレンダーを作成した上で、月平均所定労働時間を毎年正しく計算しましょう(起算月は、1月、4月、36協定の起算日に合わせる等任意です)。歴代の給与計算担当者が給与ソフトの設定を行い、そのまま引継ぎをされている場合などは、設定誤りに気づかないケースがあります。引継ぎをした内容であっても、現在誤りがないかどうか、今一度見直しをしましょう。
2. 月給制の方の最低賃金割れによる未払い賃金
毎年10月1日になると、新しい最低賃金の適用が始まります。「うちは月給制で払っているから関係ない」という方もいらっしゃいますが、そこに落とし穴があります。先述1.のとおりの計算の仕方で1時間当たりの給与単価を計算すると、最低賃金を下回っている場合があります。
起こり得る問題
最低賃金に満たない給与は、法律違反となり必然的に、最低賃金額は払う必要がありますので、未払い賃金が発生することになります。また、その誤った単価が割増賃金の基礎となる単価になるため、割増賃金も未払いが発生してしまうことになります。
対策
10月勤務分から新しい最低賃金が適用されます。10月勤務分の給与支給前までに、1時間当たりの給与単価を全社員分確認するようにましょう。毎年9月には最低賃金額が公表されますので、9月に全員分の最低賃金を確認することを毎年の定例業務とし、忘れずに対応しましょう。
3. 社会保険料の随時改定、定時決定の反映誤りによる社員への不利益
給与計算には、社会保険料の計算も含まれています。これらの社会保険料は、随時改定や定時決定で、変更になることがありますが、会社側が正しく手続きを行う必要があります。社会保険料は、労働者の所得補償に多大な影響を与えるものですので、会社が正しく手続きを行い、給与にも反映しているかどうかは大変重要です。
起こり得る問題
健康保険料は、傷病手当金や出産手当金の額の決定に影響します。厚生年金保険料は障害・遺族関係の年金、老齢年金の額に大きく影響します。そのため、正しく手続きを行っていない場合は、長期間にわたって社員の不利益につながることがあり、社会保険料額の徴収誤りの場合は、社会保険料の調整が必要となり、社員にとっても会社にとっても、一時的に大きな負担が生じることがあります。
対策
昇給・降給による固定給の変更、通勤経路の変更による電車代の単価の変更、各種手当の変更等が生じた場合は、随時改定に該当する可能性があります。毎月の給与計算が終わった後、随時改定の該当者がいないか確認することを、毎月の定例業務としましょう。定時決定のための算定についても、細かいルールがたくさんありますので、不明な点があれば年金事務所に尋ねながら慎重に行いましょう。また、給与計算に反映するときは、入力を間違えないよう、十分注意をしましょう。
4. 雇用保険料・介護保険料の徴収忘れ、超過徴収
労働者から役員に就任し、完全に労働者ではなくなった場合は、雇用保険を喪失し、雇用保険料の徴収もしないこととなります。また、介護保険料については、40歳の誕生日の前日に、介護保険第2号被保険者となるため保険料の徴収がスタートします。また、65歳の誕生日の前日になればそれを喪失するため、介護保険料の徴収はなくなります。
起こり得る問題
雇用保険料の徴収をストップする場合は、給与計算ソフト上で非該当の設定をしない限り、通常雇用保険料は自動計算されるため、雇用保険喪失の手続きだけ済んでいても、実際は雇用保険を徴収し続けていたということはよくあります。また、介護保険料については、40歳という年齢要件で強制的に徴収がスタートするため給与計算ソフトが自動で対応する場合が多いです。ただ、生年月日を正しく入力していることが大前提となるため、入力を誤っていると、徴収の過不足等が発生する可能性があります。誤った保険料はさかのぼって徴収・返金する必要があります。
対策
役員の給与明細書を確認する際は、雇用保険料が0円になっているかを確認しましょう。介護保険料も、毎月40歳と65歳に該当する社員がいないかどうか、労働者名簿等で確認し、給与計算ソフトに頼らない対策をし、徴収過不足を未然に防ぐ対策が必要です。
5. 特定扶養親族の適用誤りによる所得税の追加徴収
年齢が19歳以上23歳未満の扶養家族がいらっしゃる場合は、特定扶養親族として、所得税の優遇が受けられます。給与計算上では、扶養人数1として所得税計算がなされます。特定扶養親族は、年間の合計所得金額が48万円以下であること (給与のみの場合は給与収入が103万円以下)が要件の一つですが、親の知らない間にアルバイト収入が年間103万円以上となっていることがあります。その場合、本来は特定扶養親族から外れ、所得税の優遇が受けられないことになりますが、社員から申出を受けない限り会社はわかり得ず、また、社員もお子様に確認しない限りはわかり得ないことでもあり、確認が適切に行うことができない場合があります。そのため、お子様の収入が年間103万円以上となっているにも関わらず、ずっと所得税の優遇を適用したまま、給与計算を続けてしまう場合があります。
起こり得る問題
本来は所得税の優遇を受ける必要がなかったものとして、所得税を追加で納付するよう税務署からお便りが届くことがあります。この場合、会社は年末調整のやり直しを行うとともに、所得税を追加で納付する必要があります。原則、税務署へは一括払いで収める必要があります。場合によっては、追加の所得税額が10万を超えることもあり、本来払うべき所得税だったとは言え、社員の負担も大きくなります。
対策
年末調整時に提出される扶養控除等申告書の確認を徹底しましょう。特に、大学生のお子様を持つ社員には、アルバイト収入額の正確な記載を徹底していただくよう、注意喚起することが大切です。
6. 年末調整のやり直しと還付金等の再清算
上記1~5のような事案が発生し、賃金や社会保険料等の過不足の清算をした場合、1月~12月の間で完結すれば問題はないのですが、昨年分の誤りに翌年気づいた場合や、12月をまたいで変更があった場合には、1年間の賃金額や社会保険料が変更となるため、前年の年末調整のやり直しが必要になります。
起こり得る問題
1年間の賃金額や社会保険料が変更となるため、還付金の額や追加徴収の額に変更が生じることがあり、会社の煩雑な事務作業の負担と、社員の方への一時的な負担が発生します。
対策
基本的なことではありますが、毎月の計算を正しく行い、十分に確認を行った上で給与計算を完了させていく積み重ねこそが大切です。自分ではなく、他人のほうが誤りに気付いてくれる場合も多いため、少なくとも2名体制で、ダブルチェック、トリプルチェックを行いましょう。また、チェック作業を効率的に行うためにも、給与チェックリストを作り、毎月それに従って確認作業を行うことは必須です。
まとめ
給与計算の「見落としがちなポイント」は、他にもたくさんあり、今回はほんの一例をピックアップいたしました。
昨今は、大変便利で優秀な給与計算クラウドソフトが多くあり、給与計算に詳しくない方でも大変簡単に給与計算が行えるようになりました。ただ、それゆえに、給与計算クラウドソフトに頼りすぎると、各種計算の設定誤りに気付くことができなかったり、デフォルトの設定が会社の賃金規程と全く違うにも関わらず、そのまま使い通づけていたために、紛争になるケースも見受けられます。
自社の給与計算にご不安がある場合は、第三者の専門家に給与計算ソフトの設定を依頼したり、現状の給与計算状況をチェックしてもらったり、各種支援を受けることもお勧めいたします。