本記事では、正社員制度のひとつである短時間正社員制度について、その概要や広がりの背景、運用のポイントを解説します。
井上 敬裕 氏
中小企業診断士・社会保険労務士
青果加工場の工場長を約9年間務めた後、40歳の時に中小企業診断士として独立。販路開拓支援、事業計画作成支援、6次産業化支援、創業支援などを行う。
平成27年社会保険労務士として開業し、現在は社会保険労務士として給与計算を中心に労務関連業務を行っている。
社会保険労務士法人アスラク 代表社員
https://sr-asuraku.or.jp/about/
短時間正社員とは
短時間正社員とは、以下の要件を満たす雇用形態のことをいいます。
雇用契約
短時間正社員の第一の要件は、期間の定めのない労働契約を締結していることです。期間の定めのない労働契約なので、定年もフルタイムの正社員と原則同じ扱いとなります。
労働時間
第二の要件は、フルタイムの正社員より所定労働時間が短いことです。短時間正社員の労働時間は、法律的に何時間以上といった決まりはなく、企業が自由に定めることができます。
一般的には、短時間正社員の労働時間をフルタイム正社員の4分の3以上に設定している企業が多い傾向です。これは、社会保険の適用基準(いわゆる「4分の3ルール」)を満たすためと考えられます。一方で、短時間正社員の労働時間をフルタイム正社員の4分の3未満とする企業のなかには、雇用保険の加入要件である週20時間を下回る労働時間に設定している例もあります。
給与、賞与
短時間正社員の給与については、時間当たりの単価がフルタイムの正社員と同じであることが原則とされています。これは、短時間正社員制度の重要な特徴のひとつです。
例えば、フルタイムの正社員の1か月の所定労働時間が160時間で基本給が30万円の場合、時間単価は、30万円 ÷ 160時間 = 1,875円となります。この場合、1か月の所定労働時間が140時間の短時間正社員の基本給は、1,875円/時間 × 140時間 = 262,500円になります。
賞与や退職金についても、フルタイムの正社員と同じ算定方法で計算された額が支給されます。
法定福利厚生
短時間正社員には社会保険が適用されます。ただし、就業規則等に短時間正社員についての規定が明記されている必要があります。
具体的には、以下3つの要件をすべて満たしており、常用的に使用関係があると認められれば社会保険が適用されます。
- 就業規則等に短時間正社員制度が規定されていること
- 期間の定めのない労働契約が締結されていること
- 時間当たりの基本給および賞与・退職金等の算定方法等が同一事業所に雇用される同種のフルタイムの正規型の労働者と同等であること
雇用保険については、1週間の所定労働時間が20時間未満の場合は加入できません。雇用保険の加入・喪失については一般の雇用保険の加入要件が適用されます。
短時間正社員が今注目される背景
短時間正社員は以前から存在した働き方ですが、短時間正社員として働く理由には変化がみられるようです。雇い止めや派遣切りなどの言葉が社会で話題になった2000年代初頭は、正社員として働くことが今よりもハードルが高い時代でした。労働時間や勤務地、職務内容などに制約がある労働者は、労働意欲や能力があっても雇用形態が限られていたのです。
当時は、就職市場は企業の買い手市場でしたが、徐々に人手不足が顕在化し、今は就職希望者の売り手市場へと立場が逆転しています。そうしたなか、企業側では、いかに労働時間や勤務地に制約のある優秀な人材を獲得し、いかに雇用を維持できるかという点が課題となっています。一方、労働者側でも、働き方改革の推進やコロナ禍により、柔軟な働き方を求める人が増えており、短時間正社員としての働き方への注目度が高まっているのです。
短時間正社員制度の実施状況
「令和5年度雇用均等基本調査」(厚生労働省)によると、多様な正社員制度が就業規則等に規定されている事業所は全体の23.5%でした。制度ごとの実施状況(複数回答)では、短時間正社員が最も多く(17.0%)、次いで勤務地限定正社員(14.6%)、職種・職務限定正社員(12.1%)となっています。
事業所単位で正社員制度の利用実績を見てみましょう。2023年10月から2024年9月の1年間に制度を利用した者がいた事業所割合は、短時間正社員が34.8%、勤務地限定社員が48.6%、職種・職務限定正社員が38.6%と、短時間正社員制度の利用が最も低くなっています。
また、同期間の制度利用状況を労働者の割合で見ると、短時間正社員が3.2%、勤務地限定正社員が15.4%、職種・職務限定正社員が16.0%と、こちらも短時間正社員制度の利用が最も低くなっています。
上掲の調査結果から、制度としては最も多く普及しているにもかかわらず、短時間正社員制度の利用実績が最も低いことがわかります。その要因として考えられるのは、「育児短時間勤務制度」や「介護短時間勤務制度」を一時的に利用する労働者が多いことです。育児・介護短時間勤務の対象ではない労働者が短時間正社員制度を利用していると考えられます。短時間正社員制度は、育児・介護以外の理由でフルタイム勤務ができない正社員の受け皿になっているともいえます。
短時間正社員の導入・運用のポイント
短時間正社員制度を導入する際には、まず企業側が制度導入の目的とその活用方法について明確に規定する必要があります。この作業を怠ると、適切な運用ができなくなってしまいます。
短時間正社員の労働時間はパートタイム従業員と同じように短いかもしれませんが、その職務の責任と権限はフルタイムの正社員と同等です。正社員の仕事を補助する立場とはまったく異なるため、労働時間を本人の希望だけで決めることはできません。例えば、仕事が終わっていなくても定時になったら退勤できる短時間正社員の姿を見て、その仕事を引き継ぐフルタイム正社員から不満が出るかもしれません。また、シフト制の場合は曜日や時間帯が偏った勤務体制になる可能性もあります。全体の業務を考慮しながら、労働時間の長さだけではなく、時間帯や曜日などを公平かつ効果的に決める必要があります。
労働時間が短ければ、業務遂行に制約が出てくるのは避けられないことです。しかし、短時間正社員に負荷の少ない業務や雑務ばかりを割り振ってしまうのは、制度を有効活用していることになりません。労働者にとっても、キャリア形成の面でマイナスになってしまいます。
短時間正社員制度を導入する際は、企業・労働者間で互いに納得できる内容で運用できるよう努めましょう。
まとめ
短時間正社員のニーズは、今まではパートタイマーの正社員化と正社員の雇用継続という主に2つの観点から生じていました。今後は、副業と兼業の両立、フリーランスと雇用の両立などの多様なワークスタイルを実現するために、ニーズが増えると考えられます。
働き方改革の推進により、フレックスタイム制や週休3日制など、従来の働き方の枠にとらわれない柔軟なワークスタイルが生み出されています。労働の価値が労働時間から労働の成果へとシフトしているため、ワークスタイルの多様化は今後ますます進むでしょう。
雇用契約を結ぶのではなく、フリーランスで働く人も増えており、2024年11月にはフリーランス・事業者間取引適正化等法が施行されます。このような背景のもとで、短時間正社員のニーズは今後さらに高まる可能性があります。企業には、柔軟で効果的な制度設計が求められています。