井上 敬裕 氏
中小企業診断士・社会保険労務士
青果加工場の工場長を約9年間務めた後、40歳の時に中小企業診断士として独立。販路開拓支援、事業計画作成支援、6次産業化支援、創業支援などを行う。
平成27年社会保険労務士として開業し、現在は社会保険労務士として給与計算を中心に労務関連業務を行っている。
社会保険労務士法人アスラク 代表社員
https://sr-asuraku.or.jp/about/
65歳まで雇用しないのは違法?
2024年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果によると、65歳までの高年齢者雇用確保措置を実施済みの企業は99.9%(前年から変動なし)です。なお、雇用確保措置とは、希望する従業員全員に対して65歳までの雇用機会を提供することを意味します。
この結果からは、ほぼすべての企業で65歳までの雇用確保措置が実施されているように見受けられます。
しかし、高年齢者雇用状況の報告対象企業は、企業規模や高年齢被保険者の有無に応じてハローワークより選定されるため、対象でない小規模企業や、高年齢労働者が一人もいない企業ではまだ浸透していないところもあります。
なかには、65歳までの雇用は努力義務と考えている経営者もいるのが現状です。現在はまだ一部の経過措置が認められていますが、2025年4月からは、完全にすべての企業で65歳までの雇用確保措置を講じることが義務化されます。
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65歳までの雇用確保措置の義務化に違反した場合
この改正は、65歳までの定年延長を義務付けたものではありません。よって、例えば継続雇用制度を未導入の60歳定年制の企業が、定年を理由に60歳で従業員を退職させたとしても、それだけでただちに違法とはなりません。
ただし、注意が必要なのは、企業が適切な継続雇用制度を導入していないことが判明した場合です。こうした場合には、高年齢者雇用安定法違反とみなされ、公共職業安定所を通じた実態調査が行われます。必要に応じて、企業への助言・指導や勧告、さらには企業名の公表といった措置が取られることもあります。
企業は適切な雇用確保措置の実施に努めましょう。
高齢者就業状況から読み取れる傾向
雇用継続から定年の引き上げへ
高年齢者雇用確保措置を実施済みと回答した企業における、65歳までの雇用確保措置の内容を見てみましょう。雇用継続制度の導入(定年年齢は65歳未満だが継続雇用制度の上限年齢を65歳以上としている)により雇用確保措置を実施している企業は69.2%(前年比1.4%減少)です。一方、定年の引上げ(65歳以上の定年の年齢を設けている)により雇用確保措置を実施している企業は、26.9%(前年比1.4%増加)となっています。
継続雇用制度の導入企業は依然として多いものの、65歳までの雇用確保措置においては、継続雇用から徐々に定年の引上げにシフトしつつある傾向が読み取れます。
一方、70歳までの高年齢者就業確保措置の実施状況を見ると、「定年の引上げ」は2.3%(対前年比0.2%増加)、「継続雇用制度の導入」は23.5%(前年比1.7%増加)と両者ともに増加しています。
中小企業の定年引上げが顕著に
企業規模別の高年齢者雇用確保措置の内訳を見てみましょう。
定年制の廃止を実施した企業は、従業員数21~300人の企業では4.2%(前年から変動なし)、従業員数301人以上の企業は0.7%(前年比0.1%増加)となっています。また、定年の引上げは前者が27.7%(前年比1.5%増加)、後者は17.4%(前年比1.3%増加)とどちらも増加しています。一方、継続雇用制度の導入は前者が68.2%(前年比1.4%減少)、後者は81.9%(前年比1.4%減少)とどちらも減少しています。
このことから、企業別では特に中小企業において定年引き上げの動きが進んでいる様子がうかがえます。
増加する継続雇用者数
続いて、60歳定年企業において定年に到達した人の状況を見てみましょう。
60歳定年企業で定年に到達した人のうち、継続雇用した人の割合は、全体で87.4%(前年比0.3%増加)、うち女性が89.5%(前年比0.5%増加)となりました。継続雇用を希望せず定年退職した人の割合は、全体が12.5%(前年比0.2%減少)、うち女性が10.4%(前年比0.5%減少)、継続雇用を希望したものの雇用されず定年退職した人の割合は、全体が0.1%(前年比0.1%減少)、うち女性が0.1%(前年から変動なし)となりました。
性別を問わず、約9割が希望して雇用が継続されており、その割合は大きくなっていることがわかります。
これらの傾向から、今後も継続雇用から定年の引上げまたは定年制撤廃の動きが進み、継続雇用者数も増加していくと考えられます。
65歳までの雇用確保措置義務化に備えて企業が対応すべきこと
現時点では、65歳までの継続雇用を希望しても、要件を満たさなければ継続雇用を拒むことができる経過措置が認められています。しかし、2025年4月からはその経過措置も終了し、65歳までの継続雇用を希望する者の雇用の完全義務化が始まります。一方、労働市場の人材不足、超高齢化社会の到来を鑑みると、今後は70歳までの雇用確保措置、雇用義務化といった方向性に向かっていくとも考えられます。企業としては、今後以下のような対応策をとることが求められます。
高年齢者に対する雇用管理措置の導入
高年齢者は体力、健康などの面において、若年労働者と比較するとハンデがあるため、若年人材とは異なった雇用管理が必要になります。そこで、高年齢者雇用安定法第11条では、高年齢者雇用確保措置を推進するため、「高年齢者雇用等推進者」を企業内に選任することを努力義務として定めています。高年齢者雇用等推進者は、作業施設の改善その他の諸条件の整備を図るための業務を担当している者として、必要な知識および経験を有している者のなかから事業主が選任します(事業主本人でも構いません)。
高年齢者雇用等推進者を選任後は、高年齢者雇用管理に関する措置として以下のようなことを行います。
- 職業能力の開発及び向上のための教育訓練の実施等
- 作業施設・方法の改善
- 健康管理、安全衛生の配慮
- 職域の拡大
- 知識、経験等を活用できる配置、処遇の推進
- 賃金体系の見直し
- 勤務時間の弾力化
「定年制の廃止」「定年の引上げ」「継続雇用の導入」のいずれかと、高年齢者に対する雇用管理措置を行うと、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が実施する「65歳超雇用推進助成金」の対象にもなります。この助成金の申請に取り組むと、高年齢者雇用についての理解を深めることにもつながります。
無期転換ルールについての労働条件通知書への記載
2025年4月1日から労働条件明示のルールが改正され、無期転換に関する事項を明示することが義務化されました。無期転換とは、原則として、契約期間に定めがある「有期労働契約」が同一の企業で通算5年を超えて働く労働者が、無期転換を企業に申し込めば無期労働契約に転換できる制度です。ただし、定年後引き続き雇用される有期雇用労働者については、都道府県労働局長の認定を受ければ、無期転換申込権が発生しないという特例(有期雇用特別措置法)があります。
この特例は、グループ会社で継続雇用する場合も認められており、企業は継続雇用者の無期転換の申込権を認めるか否かを労働条件通知書に明示する必要があります。
まとめ
高年齢者の就業の機会は今後も拡大していくと考えられますが、定年や雇用継続のように、いつまで働くかということだけではなく、どのような働き方をしてもらうかについても検討し、職域、処遇などに柔軟な措置が必要になると思われます。企業からすれば、自社で長年働いてきた優秀な高年齢労働者にいかに長く働いてもらうかということや、他社で定年退職した高年齢労働者をいかに有効に活用するかということも課題となるでしょう。今後も、多面的な高年齢者雇用対策が企業に求められます。