今では勤怠管理システムが普及し、紙のタイムカードを使っている会社も減っています。しかし、勤怠の打刻から集計までを、人の手を介さず完全に自動化することはできていないのが現実です。打刻から集計までの過程にAIを組み入れると業務がどのように楽になるのかを考察してみます。
井上 敬裕 氏
中小企業診断士・社会保険労務士
青果加工場の工場長を約9年間務めた後、40歳の時に中小企業診断士として独立。販路開拓支援、事業計画作成支援、6次産業化支援、創業支援などを行う。
平成27年社会保険労務士として開業し、給与計算を中心に労務関連業務を行っている。
社会保険労務士法人アスラク 代表社員
https://sr-asuraku.or.jp/about/
勤怠管理の3大課題
給与計算業務の一般的な流れは、給与計算に入る前に勤怠データを受け取ることから始まります。勤怠データの形式はさまざまで、給与計算ソフトにそのままインポートできる状態のものから、紙のタイムカードまであります。紙のタイムカードで集計ができていないものは転記作業が必要になり作業時間がかかるため、従業員が増加傾向の企業は勤怠管理システムを導入すると効果的です。
しかし、勤怠管理システムを導入したものの使いこなせていない企業も多く、その場合は勤怠集計結果を確認する作業が別途発生することがあります。また、勤怠管理システムを使いこなせている企業であっても勤怠の集計に時間がかかり、勤怠データを受領後給与計算確定までの作業時間に余裕がないケースもあります。こういったことから、勤怠管理業務には主に次の3つの課題があると考えられます。
1.勤怠管理システム設定の高いハードル
第1の課題は、勤怠管理システムの導入時に行うシステム設定が難しいことです。勤怠管理システムを導入すると、紙のタイムカードより勤怠の管理が格段に楽になります。導入と運用が安価なシステムも多く、コストの観点から見ると、紙のタイムカードからの移行は難しくありません。
ただし、勤怠管理システムを運用する際には初期設定が必要です。正しい初期設定を行うには労務知識とITリテラシーの両方が求められます。豊富な労務知識を持っていても、ITに不慣れだとマニュアルやチュートリアル通りの設定すら面倒に感じてしまい、結局これまでどおり手計算を続けているケースがあるのです。または、IT企業でありながら労務知識が不足しているために、設定が中途半端なまま放置されている例も少なくありません。
このような問題を解決する方法として、専門業者に導入設定を依頼する手段があります。しかし、費用が高額なため二の足を踏む企業も多いのが実情です。費用を抑えて導入を進めたい場合は、勤怠管理システム会社が提供するFAQや質問チャットを活用することになります。
ところが、FAQで自分の知りたい答えが見つからなかったり、チャットで質問の意図がうまく伝わらなかったりすることも少なくありません。こうした状況にストレスを感じ、結局導入をあきらめてしまうケースも生じています。
2.打刻の漏れや誤り
第2の課題は、打刻の漏れや誤りをいかに減らすかという点です。打刻は労働者が行うため、企業側の努力だけでは打刻ミスを解決できません。これは紙のタイムカードでも勤怠管理システムでも同様に生じる問題であり、労働者の数が増えるにつれて、発生件数も増加します。
勤怠管理システムには打刻の漏れや誤りを知らせるアラート機能が備わっています。しかし、アラートが表示されても放置する従業員が多く、そもそもアラートの存在に気づいていないケースも見受けられます。
企業側が日々勤怠をチェックすることは可能ですが、実際には毎日チェックする時間を確保することが難しいのが現状です。そのため、勤怠の締め日を迎えてから全体をチェックすることになります。この作業自体に時間がかかるうえ、打刻の漏れや誤りを修正するには従業員本人への確認が必要になり、さらに時間を要します。
3.集計作業の複雑さと検証
打刻や有給休暇が漏れなくすべて正しく反映されていても、所定労働時間や残業時間が正しく集計されなければ正しい給与計算ができません。労働時間の計算方法には変形労働時間制やフレックスタイム制(3カ月単位のフレックスタイム制もある)などの変則的なものがあります。これに有給休暇や休日の振替、代休などが絡んでくると勤怠の集計が複雑になり、手作業で計算するのはかなり労力を要します。
手作業の大変さを解決するために勤怠管理システムがあるものの、勤怠管理システムで集計した結果が正しいかの検証も必要になります。この検証時に、手作業で正しい勤怠集計ができる能力が必要です。
AIによる3大課題解決の可能性
AIは勤怠管理の課題をどこまで解決できるのでしょうか。ここでは、初期設定の自動化、打刻ミスへの対応、集計結果の検証という3つの観点から、AIの可能性と限界について考えていきます。
勤怠設定の悩みが解決?
では、AIの導入によって、勤怠管理システムの課題のひとつである初期設定を簡単にできるようになるのでしょうか。
AIが設定専門のコンサルタントのように勤怠管理の設定を行うには、勤怠管理の専門知識と現場運用の理解、勤怠管理システムの操作知識が必要です。勤怠管理のルールは法律で定められているため、大量の法令データで学習したAIには十分に専門的な知識が備わっていると考えられます。一方、勤怠管理システムの操作については、メーカーごとに方法が異なるため、システム固有の操作知識を持っていない可能性があります。
しかし、勤怠管理の設定はそれほど単純ではありません。給与計算と違い、勤怠管理の設定は企業によって運用が異なります。表面上の集計設定の自動化は可能かもしれませんが、ベストな運用まで鑑みた集計と運用を考慮した設定は、直近ではかなり難しいと考えられます。
なぜなら、勤怠管理は法令通りに設定を組めば良いというケースばかりではないからです。実際には、法令外のローカルルールの設定や、運用も加味した操作画面の構築、さらには勤怠システムが気の利いたエラー表示やアラート表示を出すような工夫が必要となることがあります。こうした細やかな配慮は、各社の業務実態を深く理解していなければ実現できません。
そのため、1社1社異なる運用をAIが考慮して設定するには、勤怠管理システムの構築に長らく携わってきた専門家がさまざまな情報をAIに学習させていく必要があります。実用化に至るにはまだまだ時間がかかるでしょう。
現状では、各メーカーが勤怠管理システム内に設けているチャット機能を活用し、AIが質問に応答する形でのサポートが現実的です。完全な自動設定ではなく、利用者の疑問に答えながら設定を支援するツールとして、AIを段階的に活用していくことが当面の解決策となるのではないでしょうか。
打刻の漏れや誤りがなくなる?
次に打刻の漏れや誤りについてはどうでしょうか?漏れや誤りは打刻者の「忘れ」や「入力間違い」などのヒューマンエラーなので、AIでこのヒューマンエラーを解決できるかということになります。
打刻の漏れや誤りがあった場合、AIが自動で検知して修正できる機能があれば便利です。しかし、打刻は本人が行う必要があるため、本人の意思を介さずにAIが勝手に打刻や修正を行うことは認められません。
また、打刻がされていない原因は打刻忘れだけではありません。有給休暇を取得したものの、システム上での休暇申請の操作方法がわからず、結果的に打刻されていないケースもあります。
勤怠管理システムには、打刻の漏れや誤りがあるとアラートが表示される機能があります。しかし、アラートが出てもすぐに対応する人もいれば、1カ月分をまとめて処理する人もいるため、結果的に勤怠集計の開始が遅れてしまうのが現状です。
したがって、AIが打刻の漏れや誤りを検知した際に、従業員へ即座に対応を促す仕組みが必要となります。また、漏れや誤りを管理者とリアルタイムで共有できる仕組みがあれば理想的ですが、これはAI以外の技術でも実現可能です。AIが真に力を発揮できるのは、利用者からの多様な質問にわかりやすく答え、システムを使いやすくするサポート面ではないでしょうか。
集計ミスの不安が解決
AIを活用すれば第3の課題の集計作業が楽になるでしょうか。AIはデータの読み取りや解析を得意とするため、勤怠の集計作業で力を発揮することが期待されます。特に、勤怠管理システムが集計した結果の整合性をAIが人の目に代わって確認すれば、作業は大幅に効率化されるでしょう。
実際、勤怠管理システムを導入している場合、設定が正しければ正確な集計が行われるため、細かいチェックに時間をかけることは少ないと思われます。そのため人の目では全体をざっと確認して異常の有無を見る程度になり、見落としが生じる可能性があります。しかし、AIが細部まで精密にチェックすることで、集計ミスへの不安は大きく解消されるでしょう。
まとめ
AIを活用することで勤怠管理は楽になるのかを考察してきましたが、AIが勤怠管理の課題をすべて解決できるかについてはまだ検証の余地があります。
AIは学習しながら賢くなっていくので、経験したことのないイレギュラーな勤怠の集計データや設定については少なくともサンプルでの検証が必要です。AIの強みと弱みを理解して、勤怠管理のツールとしてうまく使っていく必要があります。

