

井上 敬裕 氏
中小企業診断士・社会保険労務士
青果加工場の工場長を約9年間務めた後、40歳の時に中小企業診断士として独立。販路開拓支援、事業計画作成支援、6次産業化支援、創業支援などを行う。
平成27年社会保険労務士として開業し、給与計算を中心に労務関連業務を行っている。
社会保険労務士法人アスラク 代表社員
https://sr-asuraku.or.jp/about/
「106万円の壁」撤廃とは
現状では、以下の要件をすべて満たす労働者は社会保険の被保険者となります。
- 従業員数(被保険者数)が51人以上の企業に所属
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 賃金が月額8万8千円以上
- 雇用期間が2か月を超える見込みがある
- 学生ではない
今回の法改正により、企業規模要件(51人以上の企業)と賃金要件(月額8万8千円以上)が撤廃されます。月額8万8千円を1年間に換算すると106万円になることから、年収が106万円を超えなければ社会保険に加入しなくてもよいという「106万円の壁」がなくなります。
週の所定労働時間が20時間とは
週の所定労働時間が20時間以上かどうかは、労働条件通知書、雇用契約書ベースで判断します。残業時間は含みませんが、実態として週20時間以上勤務した月が2か月連続して生じた場合は、次月から加入要件を満たすと判断されます。また週20時間以上は1社での労働時間であり、兼業・副業先での労働時間は含みません。したがって、3社掛け持ちで、各社で週19.5時間働いたとしても社会保険の加入対象にはなりません。
また、給与の多寡は問わないため、時給1,000円で週20時間以上働く人は週所定労働時間の要件を満たします。一方、時給2,000円で週19.5時間働く人は月額賃金の要件は満たしますが、週所定労働時間の要件は満たしていません。
「106万円の壁」が撤廃される時期
賃金要件(106万円の壁)が撤廃される時期については、地域別最低賃金の最低額が時給1,016円を上回ったときからとされています。昨年同様のペースで今後も最低賃金が引き上げられた場合、遅くとも3年以内に賃金要件が撤廃される見込みです。
また、企業規模要件についても、従業員数に応じて対象規模の拡大が段階的に行われます。
- 従業員36人以上の企業: 2027年10月
- 従業員21人以上の企業: 2029年10月
- 従業員11人以上の企業: 2032年10月
- 従業員10人以下の企業: 2035年10月
労使の合意があれば、上記の時期より前に加入することも可能とされています。
個人事業所の適用対象の拡大
今回の改正では、個人事業所の適用対象も拡大されました。現状では、法律で定める17業種で常時5人以上の者を使用する事業所が加入対象です。改正により、全業種の常時5人以上の者を使用する事業所が加入対象になります。
これにより、今までは加入対象ではなかった農業、林業、漁業、宿泊業、飲食サービス業などが加入対象になります。ただし、2029年10月時点ですでに存在する事業所は当面は加入対象外とされています。
5人未満の事業所は現状のまま加入対象外です。したがって、5人未満の事業所と、既存の5人以上の事業所で法律で定める17業種以外の業種が社会保険に加入するためには、労使の合意に基づき任意加入手続きが必要です。
被保険者となる短時間労働者への支援
企業規模要件の見直しなどにより新たに社会保険(厚生年金・健康保険)の加入対象となる短時間労働者について、特例的・時限的な措置が設けられます。事業主が追加負担した社会保険料について、3年間にわたり国などがその全額を支援し、事業主の負担を軽減するとされています。
この支援策を活用する場合は、まず支援策活用の申請が必要です。その後、事業主が法令で定めた負担割合により労使折半を超えた保険料を支払います。
負担割合は標準報酬月額により定められています。標準報酬月額が8万8千円の場合、労働者の負担割合は従来の50%から25%になり、負担額が月額12,500円の場合、その半分である6,250円を事業主が負担し、国が事業主に6,250円を支給するしくみです。
この措置は最大3年間活用できます。ただし、3年目は軽減割合が半減されるため、上記の場合に事業主が負担できるのは3,125円となります。なお、同措置は任意適用事業所も利用対象になっています。
国は短時間労働者への支援とは別に事業主向けの支援も検討しています。社会保険の加入にあたり、労働者の収入を増加させる事業主には引き続きキャリアアップ助成金社会保険適用時処遇改善コースでの支援、そのほか加入拡大に関する事務の支援や生産性向上等に資する支援等が行われる予定です。
まとめ
2025年6月に成立した年金制度改正法では社会保険の適用拡大以外に、在職老齢年金の見直し、遺族厚生年金の見直し、厚生年金等の標準報酬月額の上限の段階的引上げ、私的年金の見直し、将来の基礎年金の給付水準の底上げも行われており、大がかりな改正内容となっています。
全体的な傾向としては、性別や年齢に関係なく勤労することを後押しする内容となっています。これらの改正は労働関係法令の動向とも関連し、事業主は経営に、労働者は家計に大きな影響を受けることになりますが、労働生産性の拡大などに取り組む契機ともなります。
参考: