

井上 敬裕 氏
中小企業診断士・社会保険労務士
青果加工場の工場長を約9年間務めた後、40歳の時に中小企業診断士として独立。販路開拓支援、事業計画作成支援、6次産業化支援、創業支援などを行う。
平成27年社会保険労務士として開業し、現在は社会保険労務士として給与計算を中心に労務関連業務を行っている。
社会保険労務士法人アスラク 代表社員
https://sr-asuraku.or.jp/about/
ジョブ型人事制度とは?
ジョブ型人事制度とは、ジョブ型雇用によって人材を採用し、職務に配置することで組織を運用する人事制度のことをいいます。
ジョブ型雇用は、企業が用意した職務内容に限定してその職務に必要なスキルや経験を有する人材を雇用する雇用形態です。日本企業で長く採用されてきたメンバーシップ型雇用とは異なります。
メンバーシップ型雇用は、職務を限定せず人材を雇用後に職務を割り当てる雇用形態です。ジョブ型雇用では、人材育成に時間をかけることなく即戦力として人材を活用できることが大きな特徴です。
ジョブ型雇用が注目されるようになった背景には、主に以下の3つの要因があります:
- コロナ禍でテレワークなど従来とは異なる働き方が普及し、時間ではなく成果による仕事の評価が進んだこと。
- ライフスタイルやワークスタイルの変化により、各企業の既存事業の需要が低下。これに伴い、新事業や事業転換などのニーズが高まり、即戦力となる人材へのニーズが生じたこと。
- 企業のDX化が進み、それに対応できる人材ニーズの需要が企業の内外で高まったこと。
そのような社会的背景を踏まえて、政府は「ジョブ型人事の導入」「労働移動の円滑化」「リ・スキリングによる能力向上支援」の三位一体の労働市場改革の早期実行を進めると発表しました。
ジョブ型人事制度の導入事例
政府は2024年8月に「ジョブ型人事指針」を公表しました。そのなかで、まず三位一体労働市場改革とジョブ型人事指針の意義を説明し、ジョブ型人事導入事例を紹介しています。
KDDI
KDDI株式会社は通信事業を中核とする企業です。近年は、通信事業以外にもさまざまな分野での事業拡大を推進しており、高度な専門性を持った多種多様な人材を必要としています。同社はもともとベンチャー精神により誕生しましたが、組織が巨大になるにつれ挑戦心が低下し、横並びの昇進制度に社員の成長心が削がれていたといいます。
そこで同社は、事業領域を拡大するためにM&Aを活用し、社内で不足する能力を補完することを考えました。さらに、社内で培った能力を組み合わせることで、それを高いレベルで統合し、昇華させたいと考えました。これを実現するために、専門的な人材を社内外から惹きつけ、育成する土台を整えることが重要でした。その結果、職務に基づいて人材を処遇し、専門性と人間力を重視する「KDDI版ジョブ型」への抜本的な転換を決断したのです。
「KDDI 版ジョブ型」は専門能力だけではなく、人間力を備えた人材育成を重視しているのが特徴で、職務を明確に定義したいわゆる欧米型のジョブ型人事制度とは異なります。「職務役割」と「人材要件」に基づく 5 階層の等級制度を設け、30の専門領域ごとに職務やスキルを具体化し「専門領域定義書」を整備しました。
新卒採用では、配属領域を限定しない「OPEN コース」と限定した「WILL コース」に分けた採用を始めました。2023年度は「WILL コース」による採用が全体の60%を占めています。
同社は今後、事業戦略から逆算して、組織体制・要員計画を策定し、それを実現するための人事戦略を策定する組織の在り方を目指すとしています。また、事業戦略との連動制を高めた人材戦略の立案・実行により、組織の強化と社員のキャリア自律の双方を高めることを目指すべき姿としています。
株式会社メルカリ
株式会社メルカリはスマートフォンから簡単に個人間の売買が楽しめる日本最大のフリマアプリ「メルカリ」の企画・開発・運用事業を行っている企業です。社員の国籍は50か国、エンジニアの過半数は外国籍です。2013年の設立当初の人事制度はベンチャー企業にありがちなわかりにくいものであったため、外国籍の社員にもわかりやすいグローバル基準を取り入れました。
同社では新卒社員からCEOまでが一貫した人事制度によって処遇されています。上司や部下といった関係性をはっきり示さないフラットな企業風土を重視しているのです。等級は「正社員・経営陣」と「契約社員」に分かれ、それぞれに複数の階層があります。優秀な人材を早期に抜擢・登用するため、等級の階層数は少なくすることを意識しています。等級や報酬制度は、他のグローバルテック企業を参考に設計されました。
採用の基本姿勢は、職種別に各分野の専門人材を獲得することです。採用の内訳は、新卒採用5%に対し経験者採用95%と経験者採用が大きく上回ります。「社員は自らの成長とキャリア開発にオーナーシップを持つ」ことを前提として、働く場所・時間は社員の裁量にゆだねられています。等級制度の運用は実力主義を重視しているのです。
東洋合成工業株式会社
東洋合成工業株式会社はパソコン、スマートフォン、AI、データセンターなどに必須の半導体製造向け感光材の製造販売を行っている企業です。同社はもともと創業オーナーが社長を務め、技術力が売りの中小企業でしたが、技術力以外の投資には消極的で人事政策が大きく遅れていました。2014年の現社長への交代を機に社長一人に集中していた機能を組織化し、人事制度の刷新を行いました。
同社は人材育成を最重要テーマとしていて、人材育成に必要なものは「業務」と「役割」であるとしています。「業務」と「役割」を明確にしたジョブ型人事を管理職のみに導入し、非管理職は対象外としました。非管理職は、時間をかけて育てるという考え方に立ち、管理職と同じ「役割等級」は導入せず、「発揮能力等級」という考え方を横断的に導入しています。
経験者採用が新卒採用の2 倍以上を占めていますが、必ずしも多くの社員が即戦力として活躍できるわけではありません。業務の性質上、新卒採用、経験者採用のどちらも、ものづくりの現場では社員の育成に最低1年程度は必要と考え、マンツーマンでOJT教育を行っています。
同社は、ジョブ型人事によって個々の能力が向上しても、それがバラバラでは組織能力の向上にはつながらないことから、組織開発に力を入れ「組織感情診断」を行っています。
まとめ
ジョブ型人事の事例を3件紹介しましたが、各企業の業務内容や企業理念などによって、ジョブ型人事の活用の仕方はかなり違うことがわかります。これから導入する企業は自社に合った内容のジョブ型人事を導入する必要があるでしょう。