多くの企業が事業場外みなし労働時間制を採用していますが、適用には慎重な判断が求められます。最近の最高裁判決を踏まえ、企業は「業務の性質」や「勤務状況の把握の容易さ」を考慮しつつ、制度の適切な運用方法を模索しています。本稿では、この制度の概要と最新判例、企業が取るべき対応について解説します。
村上 元茂 氏
2008年 弁護士登録(東京弁護士会)
2014年 株式会社アクセア社外取締役就任(現任)
2015年 弁護士法人マネジメントコンシェルジュ設立(現任)
2019年 社会保険労務士法人clarity設立(現任)
人事・労務、外国人雇用、企業に対する不当クレーム対応等の業務に従事。
弁護士法人における人事労務分野対応としては、日常的な問題社員対応に加え、訴訟、労働審判、あっせん、労働組合との団体交渉を得意とする。
社会保険労務士法人における対応業務としては、紛争対応を見据えた労務管理についてのアドバイス、各種規程整備、人事評価システムに関するアドバイス、HRテックを用いた労務管理についてのアドバイスを行っている。
また、弁護士として、BtoC企業の依頼を受け、企業に対するクレーム・クレーマー対応にも多数関わる。
社外で仕事をする社員の労働時間管理の難しさ
記事のポイント
- 安易な「事業場外みなし労働時間性」の適用は危険!
- 従来は裁判例含め、事業場外みなし労働時間制の適用が認められる場合はほとんどないと思われてきた…
- しかし、令和6年4月16日の最高裁判決で「事業場外みなし労働時間性」が認められる事案が発生!なぜ?
業務の性質上社員が日常的に社内にいない会社にとって、労働時間の管理は悩ましい問題といえます。
何時に始業して何時に終業したのかわからず、ちゃんと仕事をしているか、さぼっていないかという懸念の一方、大した成果も出ていないのに残業代の申請があった場合、支払わなければいけないものかも悩ましいところです。
そのような会社に利用されているのが、事業場外みなし労働時間性(労基法38条の2第1項)です。
同条は「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。」と規定しています。
この規定の適用があれば、実際にどれだけ労働したかに関係なく、所定労働時間労働したものとして扱うことができるため、少なくとも賃金算定との関係では「何時から仕事をし始めたのだろう」「何時まで仕事をしていたのだろう」を心配する必要はないということになります。
問題は、この法律が適用されるための要件である「労働時間を算定し難いとき」というのがどのような場合をいうか、という点です。
「算定しない」ではなく「算定し難い」ですので、(当たり前ですが)会社として労働時間管理を放棄していればこれに該当する、ということではありません。
他方、本人が自己申告で「●時から●時まで仕事していました」と申告してさえすれば算定できるということになれば、「算定し難い」場面などないことになりそうです。
厚労省のテレワークガイドライン
事業外みなし労働時間制の適用の可否については、コロナ下において在宅勤務が一般化した際にも問題となりました。
在宅勤務ということは社内での勤怠管理ができないのであるから、事業場外みなし労働時間性を当然使えるようにも思えます。
しかし、厚労省はテレワークガイドラインにおいて、事業場外みなし労働時間性がテレワークについて適用があるためには「情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと」という要件を定めていました。
これによれば、携帯電話を常時通信可能な状態に置いている場合にはこの要件に該当しないようにも読めますが、外回りの営業の人や在宅ワークしている人が携帯電話の電源を切っているなどということは通常考えられず(むしろ、社内にいないからこそ常に携帯の電源はつけていつでも連絡を取れるようにしておくのではないでしょうか)、厚労省のガイドラインに従えば、携帯電話を持っている社員に関しては、テレワークで事業場外みなし労働時間性が適用される場面など現実的には想定できないのではないかと思われました。
裁判所の考え方
裁判所においても、過去に事業場外みなし労働時間性の適用の可否について争われたものがあり、代表的な判例として阪急トラベルサポート事件(最高裁平成26年1月24日判決)があります。
この事件は海外旅行のツアーコンダクターの労働時間について争われたものですが、結論として裁判所は事業場外みなし労働時間性の適用を否定しました。
最高裁は「業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等,本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法,内容やその実施の態様,状況等を「労働時間を算定し難いとき」に当たるといえるかの判断基準としつつ、対象社員の具体的な業務遂行状況や会社として現実に旅程の管理をできたかという点に注目しており、携帯電話を所持していることについては、旅行参加者との間でクレームなどによって旅行日程の変更が必要となる場合に報告をして指示を受けるために用いていたという観点では着目するものの、常時携帯電話の電源をつけていることそのものを判断要素として考慮しているようには見受けられませんでした。
そこで、裁判所が携帯電話の取り扱いについてどのように考えているのかは、判断がつかない状況でありました。
令和6年最高裁判例
そのような中、最高裁令和6年4月16日判決がでました。
事案としては、外国人の技能実習に係る管理団体に雇用されていた指導員が、時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する賃金の支払を求めたものです。この指導員は、タイムカードを用いた勤怠管理をしておらず、自らの判断で直行直帰も認められている一方、月末に業務日報を提出して就業日毎の始業終業時刻、訪問先や訪問時刻などの業務内容を報告していました。
最高裁は、「本件業務は、実習実施者に対する訪問指導のほか、技能実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳等、多岐にわたるものであった。また、被上告人(指導員)は、本件業務に関し、訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理しており、所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや自らの判断により直行直帰することも許されていたものといえ、随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることもなかったものである。
このような事情の下で、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮すれば、被上告人(指導員)が担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が定まっていたとしても、上告人(会社)において、被上告人(指導員)の事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちにはいい難い。」と判断しました。
原審の福岡高等裁判所は、業務日報に着目し、その記載内容を会社が実習実施者に確認することが可能であることや、会社が業務日報を前提に残業代を支払っていることがあることを、事業外みなし労働時間制を否定する理由としました。
しかし、この点についても最高裁は、実習実施者へ確認することの現実的な可能性や実効性が不明であること、業務日報を前提に残業代を支払ったのは業務日報の記載のみによらずに労働時間を把握できた場合に限られる(社内にいたといった場合でしょう)との主張の当否が判断されていないこと、から退けています。
なお、指導員は会社から携帯電話を貸与されていましたが、その事情は特に「労働時間を算定し難いとき」にあたるかの判断にあたっては重視されていません。
事業外みなし労働時間制運用にあたって
以上の最高裁判例を踏まえて、企業としては事業外みなし労働時間制を用いる場合の指針をどのように考えればよいのでしょうか。
結論から申し上げれば、最高裁のいう「業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等」を考慮して、対象となる社員の事業外の勤務状況を把握することが容易か、困難か、ということによって決めていくことになります。
まず、一部の会社にみられるような明らかに労働時間の管理が容易な業務内容であるにもかかわらず、勤怠管理が面倒であるとか、残業代を支払いたくないからという理由で事業外みなし労働時間制を用いることがダメなことは勿論です。
他方、「携帯電話を持たせているから」「後から行動を検証するテックがあるから」といった形で「その気になれば確認できるのだから一切適用なし」ということでもないということです。
会社として日常業務のフローの中で、逐一社員の行動を管理把握することが困難であったり、管理把握しないことがよりより業務効率につながるといった事情があるという実態がある場合には、事業外みなし労働時間制の適用を考えてよいということかと思います。